埼玉県立武道館を利用する一部の剣道師範の資質は、「武道人」として極めて低級だと言わざるをえない/(武術・武道)
- 2016/09/01(Thu) -
 私は、年齢や性別や人種を問わず、無礼な奴が、本当に心の底からしみじみと大嫌いだ。

 ま、無礼な奴が好きだという人もあまりいないと思うが・・・。


 本日は、思ったよりも仕事が早く終わった。そこで埼玉県立武道館に電話すると、剣道場(第二道場)は夕方から個人使用可とのことなので早速稽古に行くこととする。

 本日も、武道館2階の第二道場の使用者は私一人!

 一方で、武道館1階にある主道場(アリーナ)では、剣道の月例稽古が行われていた。

 まずは柳生心眼流の基本と素振りで体を温めてから、柳剛流剣術、居合、突杖を稽古する。

 1時間ほどが過ぎ、小休止のあと、神道無念流の立居合の稽古を始めると、主道場での剣道の稽古が終わったようで、剣道の師範方が第二道場に入ってきた。

 この第二道場には見所(けんぞ)があり、その横が更衣室になっているので、剣道の師範たちはここで着替えをしているようだ。

 私が稽古場の正面右手、入り口脇の壁際にある大きな鏡に正対し、神道無念流の形を1本ずつ抜いていると、剣道の師範方はみな、私の横を十分な距離おいて通りすぎ、後ろを回って稽古場の中央から見所を抜けて更衣室に入っていく。

 刀を振るって稽古をしている他者の近くでとるべき、当然のたしなみである。

 ところが、そのうちの1人の師範が、なんと刀を振るっている私の目の前、私と壁の鏡の間を、鼻歌をうたいながら横切っていったのである!

 私と鏡との間の間合はわずか2間。

 飛刀術なら、百発百中の間合だ。

 そこで、刀を振るって立居合を抜いている私と壁の鏡の間を、繰り返すが鼻歌をうたいながら、横切っていったのだ。

 一瞬、「こいつ挑発しているのか、ああっ!?」とも思ったのだけれど、どうもそういう風ではないのである。

 この師範、殺気もなければ、闘争心なにも感じられない。さりとて、こちらを小馬鹿にしている風でもない。

 単に鈍感で、無神経なだけなようなのだ・・・・・・。


 それにしても、いやまったく、驚いたね、あたしは。

 もう35年も、いろんなところで武術・武道を稽古してきたが、こんな無礼で無神経な武道の師範というのは、なかなか出会えないもんだぜ。

 もちろん、そんなレベルの低い相手に影響されて貴重な稽古の質を落とすわけにはいかないので、平常心のまま何事もなったようにそのまま形の稽古を続けたのは言うまでもない。

 それにしても、あまりの無礼さと無神経さ、そして「場」の位や彼我の間積もりをまったく弁えない武道人としての質の低さ、あるいは公共の場の立ち居振る舞いとしての無様さから、私は剣道家ではないが、日本剣道の将来について暗澹たる気分になったよ、本気(マジ)で。

 このレベルの人物が、師範でござい、先生でございと、指導をする武道とは、果たしてどのようなものなのか?

 ちなみにもし、私の稽古場である翠月庵で、門下がこのような行動をとったら、その場でそく退席、謹慎である。

 あるいは、かつて私が稽古していた空手道の道場でこのようなことをしたら、五体満足で家には帰れないだろう。

 なによりも、稽古場で刀を振るっている人の太刀筋の線の先に、無神経に鼻歌交じりで歩いて入ってくるという、武道人としては到底ありえない無神経さ、鈍感さが、私にはまったく理解できない。

 たとえば、私があまりの怒りに一瞬我を忘れて、そのまま斬りかかってきたら、その剣道師範はいったいどうするのだろう?

 あるいは誤って(誤ったふりをして)、私が柄手を離してしまって、刀が飛んできたら?(私は、この間合での飛刀術なら、動的でも絶対にはずさない)

 あるいは目釘が折れて、刀身が飛んできたら・・・。

 ま、このおめでたい剣道のセンセイは、そんなことはつゆほども考えていないのだろう。


 まじめな話し、私には長年懇意にさせていただいている剣道家の武兄がいるので、あまりこういうことは書きたくないが、師範・先生と呼ばれる人物がこのレベルでは、

 少なくとも埼玉県立武道館を利用する一部の剣道師範の資質は、「武道人」として極めて低級だと言わざるをえない。

 まったく、心の底からしみじみと、残念である。

 (了)
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