ウィキペディアの柳剛流~その2/(柳剛流)
- 2016/09/20(Tue) -
 (2016.9.21、一部加筆・修正)


 ウィキペディアに掲載されている柳剛流の記事だが、最近またどなたかが内容を更新してくれたようだ。

 ちなみに、それは私ではないです、念のため。

 私はウィキペディアの編集の仕方がよく分からないので・・・・・・。


 さて、最近の修正では、我が国際水月塾武術協会に伝えられている角田伝の伝承に関しての記述が加えられた。

 仙台藩角田伝柳剛流は、第8代師範である小佐野淳先生のもと、国際水月塾武術協会本部をはじめ、同関西支部の山根章師範、そして不肖私が代表を務める埼玉支部にて伝承・指導をしている。

 この点がウィキペディアに明記されたことは、柳剛流を学ぶ者として、また国際水月塾武術協会の末席に名を連ねる者としても、たいへんうれしく存じます。

 ありがとうございました。



 さて最近、ご厚誼をいただいている武術史家A氏のご好意で、柳剛流柔術に関する非公開の貴重な論文や関係資料をまとまって譲っていただくことができた。

 A氏の調査・研究成果によれば、柳剛流各派の柔術は、その多くが基本的に楊心流系統の技法群である可能性が高く、天神真楊流の影響が非常に強いという。

 たとえば、柳剛流諸派の中で最も多くの柔術技法を伝えた石川派(立合17手、居取7手、手詰4手、裏手形18手)の技法を見ても、「鬼拳」や「膳越」、「壁添」や「袖車」など、天神真楊流と同じ技法名が数多く見受けられるという。

 また、柳剛流の有力分派である中山柳剛流は、柳剛流と天神真楊流を合わせた流派として知られている。

 以上の点から、柳剛流柔術の姿を、それなりに具体的にイメージすることができよう。

 なお柳剛流石川派の史料については、以前も本ブログで紹介させていただいたが、『文武館 第17号』(平成13年/文武館出版部)に掲載されている、島谷俊行氏の調査・執筆による「武州青梅の武術資料より-調査結果と保存について-」という記事に詳しいので、柳剛流に関心のある方は、ぜひ参照されたい。

 また昭和33(1958)年発行の、『盛岡藩 改訂増補 古武道史』(米内包方著)の巻末には、「各県に現存する諸流」として埼玉県に「柳剛流柔術 山岡長隆」の名前がある。

 私の調査では、この柳剛流柔術・山岡長隆の師は当時の埼玉県鳩ヶ谷警察署の剣術師範である高橋芳太郎であり、この高橋は中山柳剛流の師範である。

 そして、これは以前本ブログでも書いたかと思うが、山岡はもともと天神真楊流や真陰流柔術を修め、講道館の精錬証も持つ柔術家であり、柳剛流では、中山柳剛流の高橋師範から後継者とされ、昭和12(1937)年の「紀元節奉祝全国古武道大会」にも出場しているという(『ルックバックわらび』加藤隆義著/蕨市相撲連盟より)。


 さらに今回A氏からは、流祖・岡田惣右衛門奇良が、柳剛流の創流以前に学んだ三和無敵流の伝書類の写しを、大量に譲っていただくことができた。

 これがまた、柳剛流の稽古・研究者にとっては、まさに宝の山である!

 柳剛流の居合や突杖、柔術や長刀と、三和無敵流との関連性、さらに「虚実品別縦屈伸」といった両流に共通する免許口伝の内容に関する覚書など、柳剛流の稽古・研究者にとっては、まさに心臓がバクバクするほど(笑)興味深い内容の史料群となっている。

 これらの内容や検討結果についても、今後、本ブログに掲載していこうと思う。

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▲今回ご寄贈いただいた、柳剛流に大きな影響を与えた三和無敵流の伝書の一部

 (了) 
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