三和無敵流和力の伝書を読む(その1)-柳剛流突杖に関する考察/(柳剛流)
- 2016/09/29(Thu) -
 柳剛流の流祖である岡田惣右衛門奇良は、心形刀流のほかにいくつかの流派を学んでいるが、中でも柳剛流の術技体系に大きな影響を与えている流派に三和無敵流がある。

 三和無敵流は、柔術を中心に剣術・抜刀・杖術・薙刀・鎖鎌などで構成される総合武術で、金沢厚朴により江戸時代に創流された。元祖の居住地(常陸那珂郡水府中湊)の関係で、主に常陸国(現在の茨城県)に広まったが、その他、信州や相州にも伝承がみられる。

 今回、武術史家A氏のご好意により、同流の伝書類の写しをまとめてご寄贈いただいた。これらは「三和無敵流和力」のもので、長野県の松代に伝播した系統のものであるという。

 さて、これらの伝書類を読んでみると、柳剛流に関連するいくつかの興味深い記述をみつけることができた。



 まず、柳剛流突杖との関連について以下にまとめる。

 柳剛流では杖術を「突杖」と称し、角田伝では「三尺棒」とも呼ばれていた。

 ここで注意したいのは、別名「三尺棒」とも呼ばれた柳剛流の突杖だが、使用される杖の寸法は必ずしも三尺(約91cm)ではなかったのではないか? ということである。

 その理由としては、

1. 使用する杖について、厳密な寸法が伝わっていない。
2. 柳剛流突杖の形において、現代人の体格では三尺の寸法の杖を使うと成立しない技が含まれている

 以上の2点がある。

 そのため、これまではやむを得ず、一般的に普及している四尺二寸ほどの杖を稽古に使用していた。

 さて、ここで三和無敵流の伝書である。

 『三和無敵流和力目録 全』という伝書は、同流に伝えられている柔術から槍まで、すべての形の名称を網羅したものだ。

 この中には、「杖術表組」(24本)、「杖術奥組」(10本)、「長杖術」(4本)といった形の名称が示されているが、これらとは別に「突杖術」というものが6本ある。

 杖を使った武技において、「突杖」という名称は諸流には見られない珍しいものであり、これが柳剛流と三和無敵流で共通しているというのは、たいへん興味深い。

 その上で、岡田惣右衛門が柳剛流の創流以前に、三和無敵流を学んでいたことが事実であることからも、柳剛流の突杖は三和無敵流の突杖術が元になっている可能性が非常に高いと推測できる。

 一方で、両流の突杖術の形は、柳剛流が5本であるのに対し、三和無敵流が6本であること、また形の名称はすべて異なっている(一部に共通点を感じさせる名称もある)ことから、三和無敵流の突杖術を学んだ岡田惣右衛門が、それを取捨選択・整理統合したものが柳剛流突杖なのではないかと考えられるのである。

 そしてさらに重要な点は、三和無敵流の伝書には、突杖術で用いる杖の寸法が示されていることだ。

 伝書によれば、三和無敵流の突杖術で用いる杖は、「乳切」とされている。

 古流武術における杖は、一般的に術者の乳の高さを基準にするものと、眉の高さを基準にするものがある。

 乳の高さを基準とした杖は「乳切木」と呼ばれたが、後には杖の先に鎖分銅を付けた武具についても「乳切木」と呼ばれるようになったため、いささか紛らわしくなっているのは、ご存知の通りだ。

 では、三和無敵流伝書の突杖術で使われる「乳切」の杖とは、術者の乳の高さの杖であるのか、あるいは杖に鎖分銅を付けた乳切木であるのか、いったいどちらであろう?

 これについて、私は鎖分銅の付いた乳切木ではなく、術者の乳の高さの杖だろうと考える。

 その根拠だが、同伝書の「長杖術」の部分を見ると、長杖術という項目の下に、やや小さな文字で「六尺」と、寸法に関する添え書きが記されている。

 そして、これとまったく同じ体裁の書き方で、突杖術の項目の下にもやや小さな文字で「乳切」と添え書きされているのだ。

1609_三和無敵流伝書
▲『三和無敵流和力目録 全』に記されている突杖術。「乳切」という添え書きに注目



 「長杖術」の添え書きが、そこで使う武具の寸法である「六尺」を示しているのであれば、「突杖術」の添え書きも、そこで使う武具の寸法である「乳切」を示していると考えるのが妥当であろう。

 また、江戸時代の人の平均身長を155cmとすると、一般的な身体的比率で考えれば、乳切の高さの杖の長さは約108cmで、三尺五寸六分となる。

 三尺五寸六分の杖を、「三尺棒」と言い習わすというのは、特段、不思議なことではない。

 以上の点で、三尺棒の別名がある柳剛流突杖で使う杖の寸法は、術者の乳の高さの杖と考えることに違和感はない。


 さて、一方でもう1つの問題である、

「柳剛流突杖の形において、現代人の体格では、長さ三尺の杖では成立しえない技がある」

 という点については、どうであろうか?

 これについて、杖の長さが三尺(約91cm)では成立しない技も、杖の長さが各人の乳の高さであれば、打太刀と仕杖の身長に極端な差がない限り、十分に成立することが実技の検証で確認できた。


 さらに、以上の点を補強する材料として、

・ 上総国に伝わった古川貢伝の柳剛流切紙では、突杖を「乳根木」と称している。
・ 武州における柳剛流師範家のひとつである深井派の剣三世・深井源次郎は、常に三尺ほどの木太刀を「杖代わり」にして肌身離さず手放すことがなかったという。

 などの史料や口承も挙げられる。



 以上のように、三和無敵流の伝書解読とそれに基づいた実技の検証によって、

 柳剛流突杖で用いる杖(三尺棒)は、各術者の乳の高さの杖、いわゆる鎖分銅の付いていないタイプの「乳切木」であるということが、強く推測される。


 なお、柳剛流の実践者の立場から言うと、実際に柳剛流突杖を稽古する際には、打太刀と仕杖の間に身長差があることも少なくないので、杖の長さは自分の乳の高さ+4寸五分ほどあった方がより業を遣いやすいということも、ここに記しておく。

 (つづく)
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