三和無敵流和力の伝書を読む(その2)-柳剛流居合に関する考察/(柳剛流)
- 2016/10/02(Sun) -
 柳剛流と三和無敵流との関連について、次に検討してみたいのが居合である。

 流祖・岡田惣右衛門は、心形刀流を修行の後に、廻国修行での諸流の研鑽をへて、柳剛流を創始したが、その居合に関しては心形刀流の影響やよすがはほとんど見られない。しいて言えば、逆手での納刀が共通している程度であろう。

 これまで本ブログでも何度か示してきたように、柳剛流の居合は切紙の段階で学ぶ、わずか5本の形のみで構成されている。

 しかもその内容は、実践的な用法というよりも、柳剛流ならではの体を養成し、かつその体の使い方(体捌き)を学ぶための、明確な鍛錬形といった要素が強い。

 それでは、これらの居合形は、いったどこから来たのか?

 そこで興味を引くのが、三和無敵流なのである。

161002_三和無敵流伝書
▲『三和無敵流和力目録 全』に掲載されている、抜刀表組の形


 前回の記事でも触れたように、総合武術である三和無敵流には、柔術を中心として実に様々な武技が含まれており、しかもその手数は柔術だけでも500手を超える。それらについて、『三和無敵流和力目録 全』に掲載されているものを列記すると、次のようになる。

・和力(柔術)/表・裏合計520手
・剣術/表・裏合計139本
・杖術/表・奥合計34本
・抜刀/表・裏・相手附・奥合計41本
・薙刀/表・裏合計26本
・術手(十手)/19本
・小具足/17手
・突杖術(乳切)/6本
・鎖鎌術/9本
・長杖術(六尺)/4本
・槍術/長刀合・奥の形12本
・その他/縛縄、竹刀業等

 これらの中で、柳剛流居合との関連で特に注目したいのが、抜刀の表組の形だ。

 三和無敵流の抜刀は表組6本、裏組16本、相手附12本、奥組7本の合計41本がある。この中でも、表組6本の形の構成と名称は、柳剛流居合と非常に類似しているのである。

■柳剛流居合
・向一文字
・右行
・左行
・後詰
・切上
         以上、5本

■三和無敵流抜刀 表組
・向一文字
・右剣
・左剣
・躰剣
・陽剣
・後詰 左右
         以上、6本



 三和無敵流抜刀の実技については、失伝してしまっているので、どのようなものだったか実態は不明であるが、伝書に記載されている形名からは、柳剛流居合との極めて強い類似性が確認できる。

 一本目にある「向一文字」と「後詰」は、両流とも形の名称は完全に一致している。

 また柳剛流の「右行」と「左行」に対して、三和無敵流の「右剣」と「左剣」は、「行」と「剣」という文字が異なるのみである。

 三和無敵流の「躰剣」と「陽剣」がどのようなものであったのかは分からないが、他の形の名称が両流ともにこれだけ類似しているということは、柳剛流の「切上」に類似の形が、三和無敵流の「躰剣」または「陽剣」であったのではないかと考えるのは、それほど飛躍した推測ではないだろう。



 以上、繰り返しになるが、三和無敵流の実技が失伝しているために、術技に関する詳細な覚書や手控えなどが出てこないかぎり決定的に断言することはできないが、両流の居合(抜刀)の形名称や本数、構成などを比較すると、柳剛流居合に三和無敵流抜刀(表組)が、強い影響を与えていることは間違いはない。

 おそらく流祖・岡田惣右衛門は、自らが学んだ三和無敵流抜刀の形の中でも、最初に学ぶ表組の一連の形を特に選び、これをさらに整理統合することで、自流である柳剛流の体系に取り込んだのではないかと考えられる。

 (つづく)
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