平成28年度 柳剛忌/(柳剛流)
- 2016/10/24(Mon) -
 本日は旧暦の9月24日、柳剛流祖・岡田惣右衛門奇良の祥月命日である。

 今回も流祖の生家であるA家の皆様にご挨拶の上、墓参にお邪魔した。

 墓前に線香を手向けて合掌しながら、流祖の没後190年となった今も流儀を守り、その業と心を次代に繋げるべく、微力ながら奮闘していることを報告した。


 墓参を済ませ、A家でお茶をいただき近況などを報告した後、歩いて小半刻ほどの西関宿にある柳剛流の顕彰碑を訪ねた。

 この、「柳剛流祖岡田先生之碑」については、以前、本ブログで紹介したが(『柳剛流祖岡田先生之碑』/http://saitamagyoda.blog87.fc2.com/blog-entry-860.html)、現地を訪ねるのは今回が初めてである。

 簡素な、というよりも正直、いささか荒れ果てたといったほうがよいような神社の境内に、その顕彰碑はあった。

1610_石碑


 堂宇の痛み方とは対照的に、この「柳剛流祖岡田先生之碑」は今も堂々たる姿で建っていた。

 石に刻まれた文字もはっきりと読むことができる。

1610_石碑2


 そこに記されている内容は、次の通りである。


 柳剛流祖岡田先生之碑

 先生江戸の人。諱、奇良、惣右衛門と称す。
 その剣法巍然也。独立変動神の如し。
 世に勍敵無く一家を立て法命を柳剛流と曰う。
 剛を取って柔を偏廃すべからず也。誉望に振るへ
 海内、四方の士争って門を造る。余の師
 林右膳はかって先生に従い数年学ぶ。才芸
 超倫。善くその統を継ぐ。余、右膳に従って業を受け
 故に、その祖恩を感じ石を建て表顕す。其の美しきか如く。
 この資、余の門人智久興時等の力あり。
  慶応紀元乙丑夏六月
  石渡義行謹記 喜多徳書 

 (碑裏面)

 石渡義行門人
 新井竹蔵菅原元吉
 村井正七藤原勝任
 喜多村幸兵衛源富易
 智久宗兵衛源興時
  三吉
  巳之助
  万吉
  圓蔵
  千太郎
  新太郎
  銀次郎
  石工 針谷壽老米
 


 この顕彰碑が建てられたのは、今から151年前の慶応元年であると思うと、それもまた感慨深い。

 ここでもしばし碑の前にぬかずきながら、柳剛流の興隆を祈念した。

 (了) 
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