指南する者の覚悟/(柳剛流)
- 2018/01/30(Tue) -
 先日の水月塾本部稽古では師に打太刀を執っていただき、埼玉支部門下一同、一人ひとり丁寧に稽古をつけていただいた。

 水月塾の稽古では、現代武道に見られるような集団指導は一切なく、稽古者が何人いようと、門人に対して師が打太刀や受けを執ってくださり、個別指導での形の修行を通じて古(いにしえ)を稽(かんがえ)る。 

 このため今回の稽古では、自分が直接師より指導をしていただくのはもちろん、当庵門下のY氏やU氏が指導を受けている様子についてもしっかりと見取り稽古をさせていただき、普段の自分の指導の至らなさや業前の不足について、改めて反省することしきりであった。

 それでも稽古後に師より、「埼玉支部は皆、しっかりと柳剛流の稽古をしているようだね」とのお言葉を賜り、支部を預かり柳剛流を指導する者として、なんとか胸を撫でおろすことができた。



 門人を受け入れて武芸を指導する以上、必ず彼らの業前を上達させなければならない。

 これは、指南をする者の責務である。

 しかもその上で、自分自身もひとりの武芸者として、稽古を積み重ねていかなければならない。

 武芸を指南する者は、単に己だけが上達すればよいというものではないのだ。

 その覚悟と責任感が無いのなら、弟子など取らず、ただ己を叩きあげていけばよいのである。

 しかしそれでは、流祖以来脈々と続いてきた流儀の道統を、次代につなげることはできないだろう。

 流祖・岡田惣右衛門が編み出した、柳剛流というかけがえのない古流武術を次の世代に伝えるために、門下の上達を促し、己自身の業前もより見事なものとするよう、さらに精進をしていかなけばならない。

1705_松代演武_柳剛流左剣
▲柳剛流剣術の神髄である、流祖・岡田惣右衛門伝来の「断脚之術」

 (了)
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柳剛流の目録にみる、形名の異字・当て字/(柳剛流)
- 2018/01/25(Thu) -
 伝書のような古文書を読んでいて悩ましいのが、読み方や意味・意義などが同じながら漢字の一部が異なる、異字や当て字だ。

 昔の人はかなり文章における文字の表記統一に大らかだったようで(苦笑)、現代人としては戸惑うことが少なくない。

 柳剛流の伝承についても、こうした異字や当て字がみられる。



 たとえば東日本に伝播した大多数の柳剛流(武州系・仙台藩伝など)では、多くの場合目録の階梯において、「当流之極意」と称する柳剛刀という剣術形6本が伝授される。

 それらの名称は一般的には、以下の通りである。

・飛龍剣
・青眼右足刀
・青眼左足刀
・無心剣
・中合刀
・相合刀


 一方で、我々が稽古している仙台藩角田伝柳剛流の佐藤健七先師系統の伝承では、これら6本の形の表記は、以下のようになっている。

・飛龍剣
・青眼右足頭
・青眼左足頭
・無心剣
・中合剣
・相合剣


 つまり、青眼右足刀と青眼左足刀については「刀(トウ)」という文字の代わりに「頭(トウ)」という文字が当てられ、また中合刀と相合刀ではぞれぞれの「刀(トウ)」の文字が「剣(ケン)」という文字に置き換えられているのである。

 しかし、同じ仙台藩角田伝の柳剛流でも、明治末から昭和の初めにかけて、角田中学校剣術師範を務めた斎藤龍三郎先師が、大正13年に南部雄哉氏に伝授した目録を見ると、「青眼右足刀」「青眼左足刀」という一般的な書き方で、トウという読みに「頭」という文字は当てられていない。

 また、中合剣ではなく中合刀、相合剣ではなく相合刀と、佐藤健七先師系とは異なり、これら2つの形名では「剣」ではなく「刀」となっている。

 武州系各派の柳剛流伝書を見ても、このように「刀」を「頭」という文字で当てた伝書はまったく見当たらず、また中合刀・相合刀の2つについて「刀」ではなく「剣」として表記しているものも見当たらない。

 ところが武州系の柳剛流の中でも、柳剛流と天神真楊流を合わせて創始された中山柳剛流の目録では、青眼右足刀(頭)は「青眼右足剣」、青眼左足刀(頭)は「青眼左足剣」となっているのも興味深い。

 その上で、現在唯一確認されている流祖直筆という柳剛流目録の表記、佐藤健七先師系の仙台藩角田伝柳剛流、武州系および齊藤龍三郎先師系の仙台藩角田伝柳剛流、中山柳剛流、そして紀州藩田丸伝の5つの目録の表記を比較すると、次のようになる。


柳剛流各派における、目録剣術形名の異字・当て字の例

※流祖直筆(A)、佐藤健七先師系(B)、武州系・齊藤龍三郎先師系(C)、中山柳剛流(D)、紀州藩田丸伝(E)

青眼右足刀(A)/青眼右足頭(B)/青眼右足刀(C)/青眼右足剣(D)/青眼右足刀(E)
青眼左足刀(A)/青眼左足頭(B)/青眼左足刀(C)/青眼左足剣(D)/青眼左足刀(E)
中合刀(A)/中合剣(B)/中合刀(C)/なし(D)/ 中合刀(E・ただし切紙で伝授)
相合刀(A)/ 相合剣(B)/相合刀(C)/なし(D)/相合刀(E・ただし切紙で伝授)





 古流の伝書類におけるこうした異字・当て字は、武芸としての「業」や「術」の本質にはあまり関わりのないところであるが、近世における日本の技芸の伝承や文化を考える上では、とても興味深い点ではないかと思う。

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▲明治38(1905)年9月に、今井(林)右膳系の師範である古山半右衛門が、笹谷源四郎に出した「柳剛流剣術目録」。ここでは、「頭」の当て字、「刀」の「剣」という字への置き換えはなく、最も一般的な武州系の柳剛流目録に見られる表記となっている

 (了)
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必勝を求めずして、自然に勝つべきに於いて勝つ/(柳剛流)
- 2018/01/19(Fri) -
 日々の暮らしの中で行き詰まることがあると、そこに何かの啓示がないかと柳剛流の伝書を味読する。

 こうなるともう私にとって柳剛流は、ある種、宗教のようなものであるけれど(苦笑)、流儀の修行に専心するというのは、そういうことではなかろうか。



 一般的に、武州系の各派、そして明治以降の仙台藩角田伝の柳剛流では、切紙、目録、免許のいずれも、おおむね同様な文面になっており、たとえば目録の前文は親流儀である心形刀流の伝書文面とほぼ同じである。

 ところが、流祖・岡田惣右衛門の直門である2代岡田左馬輔直筆の、初期の仙台藩角田伝柳剛流の伝書は、切紙、目録、免許の何れも、武州系の各派や明治以降の角田伝の伝書類と大きく異なる文面となっているのが興味深い。

 この点については、稿を改めて考察してみたいと思う。



 仕事で理不尽極まりないたいへん不愉快な出来事があり、先夜、思うところあってつらつらと角田伝系の柳剛流伝書を読んでいたところ、以下の一文が心に留まった。

 曰く、

敵の盈虧(えいき)を察し、必勝を求めずして、自然に勝つべきに於いて勝つ。何を以てか之を譬えん。其の際に髪を容れるべからず。



 必勝を求めずして、自然に勝つべきに於いて勝つ。

 勝とう勝とうという我執を棄て、天地の道理に従うことでおのずから勝ちを得る。

 周易でいえば、「无妄」ということか。

 たしかに道理に従ってやるべき事をやり遂げれば、有象無象に惑わされることなく、成果はおのずから得られるというものだ。

 道理に沿った「道」を行くことで、自然に勝つべきに於いて勝つ。

 先人の教えをかみしめながら、また今日を生きよう。

180119_柳剛流目録

 (了)
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柳剛流剣術における「太刀の道」/(柳剛流)
- 2018/01/16(Tue) -
 この季節の、凛とした寒気の中での稽古が好きだ。

 今晩も柳剛流剣術の稽古を通じて、「太刀の道といふ事」を考える。



 「右剣」や「左剣」、「青眼右足刀」や「青眼左足刀」といった、柳剛流ならではの跳斬之術を伴う激しい動きの中で、

あげよき道へあげ、横にふりては、よこにもどりよき道へもどし、いかにも大きにひぢをのべて、つよくふる事(『五輪書』 水之巻より)


 を心掛ける。



 たとえば、柳剛流に欠かせない飛び違いながらの斬撃において、下半身の安定が崩れてしまう場合は、腕力で不自然に太刀を振り回していることが多い。

 逆に「太刀の道」に正しく従えば、4尺4寸2分の長木刀でも腕力に頼らず振るうことができ、足で地を蹴ることなく飛び違いができる。

 こうした点に留意しながら、風のない澄んだ真冬の星空の下、小半刻ほどの短い時間であるが存分に木太刀を振るった。

1801_柳剛流目録



 さて、明日も書かねばならぬ原稿が山積だが、頑張ろう。

 (了)
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径6分・乳切の長さの杖で、柳剛流突杖の稽古をする/(柳剛流)
- 2018/01/09(Tue) -
 昨晩は県立武道館に稽古に行こうと思ったのだが、家を出ようとするととたんに雨が降り始めた。

 我ながら、「翠雨」という雅号は伊達ではない(苦笑)。

 もっともこの時期の雨は、翠雨ではなく「寒雨」あるいは「凍雨」なのだが。

 私は、地球環境を守るための一環として自動車を持っていない・・・・・・というのは真っ赤な嘘だが、そもそも4輪の免許証がないので、雨の日の移動は何かと難渋する。

 武道館へは我が家から自転車で10分足らずなのだが、この雨の降り方では木太刀などの武具が相当濡れてしまいそうで、仕方なく今回は武道館での稽古を断念。自宅での稽古とする。

 当然ながら、屋内では4尺4寸2分の長木刀で剣術はできないので、2尺2寸の短い木太刀を執り、まずは柳剛流剣術の稽古。

 備之伝、フセギ秘伝、そして「右剣」から「相合剣」まで、8本の剣術形を丁寧に繰り返す。

 普段の長木刀の半分の長さの木刀では、むしろ「太刀の道」にしたがうことが難しく感じられるのだが、しばらく形を行ううちにキレのある運刀に近づいてゆく。

 次いで、先日武具店で誂えた、径6分・乳切の長さの杖で、柳剛流突杖の形を打つ。

 この径の杖は、一見華奢に感じられるが、別名「突之刀法」とも呼ばれる柳剛流突杖の業の特性上、遣うのに問題はない。

 むしろ、慣れてくると業のキレがよりシャープになるように感じられ、また形の中での「受け」について、よりシビアな遣い方が要求されることもあり、鍛錬にはたいへんに良いと感じる。

 これについてはもう少し稽古に使用して、使い勝手や手ごたえを確認していきたいと思う。



 稽古後、パソコンのメールに、飯箸鷹之輔の切紙のオークションで、他の入札者が高値を更新した旨の連絡がある。

 先日のブログを書いた後、誰も入札していなかったので、ダメ元で開始価格で入札していたのだが・・・・・・。

 ま、これ以上の予算は出せないので、やはり今回も諦めるとしよう。

 無念ナリ。

 (了)
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