空手道と柳生心眼流~縦猿臂と山勢巌構/(武術・武道)
- 2017/03/09(Thu) -
 昨日は空手の稽古。

 バッサイ大の形について、有級者へのマンツーマンでの指導を仰せつかる。

 私が担当したのは3級のAさん。

 形の途中にある掛手~腕どり~関節蹴りの一連の挙動と、形の後半に出てくる右掛手受けの際の運足が確実ではなかったので、この2点を丁寧に手直しする。

 分解においても、これらの部分はバッサイ大の特徴的な技なので、しっかりと理解してもらいたいところだ。



 稽古後半は、糸洲流のN先生より、松村ローハイをご指導いただく。

 これまでも何度か書いているが、ローハイは私の最も得意とする形だ。

 ただし、私のローハイは玄制流のローハイなので、松村ローハイとは細部がかなり異なる。しかしそこがまた、空手道の稽古として興味深い部分でもある。

 ローハイ以外にも、私が得意あるいは好みでよく打つ形は、ナイハンチやワンカンなど泊手系の形が多い。また個人的には、剛柔流の転掌の形を覚えたいのだが、教えてくれる人がいないので、甥っ子が大きくなったら教えてもらおうかと思っている。



 もっともここ最近は、体術の稽古は柳生心眼流がメインであり、普段は表・中極・落・切の素振り二十八ヶ条の稽古でいっぱいいっぱいで、なかなか空手の形稽古までは手が回らないのが現状だ。

 それにしても、柳生心眼流は実に興味深い。

 当身拳法とはいえ、空手道とはまったく理論も実技も異なるので、学ぶ1つ1つの術がすべて新鮮だ。

 また、一般的な日本柔術とは異なり、単独で行う形=素振りの稽古が基本になっているので、仕事の合間などほんのちょっとの時間があるときに、ラジオ体操代わりに形を打つことができのもありがたい。

 もっとも、中極で武者震いを連発すると頭がグルグル回ってちょっと気持ち悪くなり、切をやると呼吸困難で倒れそうになるのが玉に瑕だが・・・・・・(笑)。

 柳生心眼流については、全国各地で多くの方が稽古をされており、いまさら流儀の新参者である私がとやかく書くこともないのだが、個人的には稽古するほどに新たな発見があり、実に面白いのである。

 例えば肘当て。

 空手道における肘当ては、組手では使えないのでもっぱら形で稽古することになるのだが、私は個人的に肘技が好きで(チビなので・・・)、若い時分には胴プロテクターや防具を付けた地稽古で、相手の懐に潜り込んでの廻し猿臂や後ろ猿臂などをよく使って効果を上げていた。

 さらに落とし猿臂などもわりあい一生懸命工夫して、ある程度地稽古で使える得意技にしたつもりだが、唯一縦猿臂だけは、どうにも使いこなせるようにならなかった。

 縦猿臂とは、下から上に打ち上げる肘打ちのことだが、形でやるぶんにはどうということはないのだけれど、実際にこれを巻き藁やミット、サンドバック、そして人間の顎や水月などに実際に当てようとすると、意外に「芯でとらえて当てる」ことが難しいのだ。

 さてそこで、柳生心眼流における山勢巌構である。

 口伝を受けてこれを使うと、実に容易かつ確実に、縦猿臂がきまるのだ。

 いや、これには実に驚いた。

 それまでは空手道での経験から、少なくとも私という個人は、縦猿臂という技は一生遣えないのだろうなと諦めていたのだが、心眼流における山勢巌構の教えによって、サンドバッグやミット、そして人間を相手の稽古でも、確実に縦方向での肘当てを「効かせられる」ようになったのである。

 古流武術の体動と口伝、実に畏るべし。

 山勢巌構の技は、心眼流の特長的な技である重ね当や体当たりと並んで、個人的には必ず自分のものにしたい術技だ。


 空手は楽し、そしてさらに心眼流も楽し。

 (了)
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「一殺多生」の気組と、武芸者の「顔」/(武術・武道)
- 2017/03/07(Tue) -
 もう7年も前の封切作品なのだが、いまさらケーブルTVで映画『桜田門外ノ変』を鑑賞。

 思ったよりも面白く見ることができた。

 しかし私は平素から、『山上宗二記』と並んで井伊直弼の著書『茶湯一会集』や『閑夜茶話 』を愛読していることもあり、作中、井伊がステレオタイプ的な悪の権力者といったニュアンスを強調して描かれていたのは、作品のテーマ上やむを得ないとはいえ、少々鼻についた。



 それにしても史実によれば、襲撃グループ18名に対し彦根藩の行列は総勢60名と、人数的には襲撃側が圧倒的に不利でありながら、目的である井伊大老暗殺に成功したというのは、たいへんに興味深い。

 彦根藩側の供回りは柄袋を付けていたとか、こまごまとした要因はあれど、大老襲撃という決死の使命感を持った18名の刺客と、ルーチンワークの行列警護で緊張感に欠けた60名の従者たちとでは、攻者3倍ならぬ守備側3倍という決定的な戦力差も、まったく意味をなさなかったということか。

 これは桜田門外の変から遡ること159年前の「赤穂事件」において、およそ100人が守る吉良邸を47人で襲撃し、主君の仇討ちという本懐を遂げたケースにも共通する。

 つまるところ集団戦においては、2~3倍の戦力差は、彼我の士気の差によって克服可能であるという好事例である。

 もっとも、完全武装で闘志満々の相手が我の2~3倍もいたら、あっという間に叩き潰されるであろうこともまたしかり。

 だからこそ数で劣る側は必死にならざるをえないわけで、これこそまさに孫子の極意である「死兵」となるわけだ。

 ことほどさように、闘争における士気や闘志、つまり「気勢」「気組」の重要性は、あだやおろそかにしてはならぬ要因である。

 先の大戦末期の旧軍のような、狂信的かつ非合理的な精神論のみに頼るのは論外だが、一方でクラウゼヴィッツの『戦争論』では、兵士と国民の闘争心の重要性を強調している点も忘れてはならないだろう。



 小の兵法である武術・武道においてもこれは同様で、いたずらに精神論に偏って技術の向上や基礎的体力の涵養をないがしろにするのは論外だが、一方で、どんなに術が優れ体力があっても、彼我の闘争において「一人一殺」「一殺多生」の気組の無い術者は、必死の素人に敗れてしまうのもまた真理だ。

 下世話に言えば、「てめえ、ぶっ殺す!」といった気概の無い生ぬるい剣や拳では、町のチンピラにすら遅れをとってしまうことを肝に命じておくことも、武芸者には必要な初歩の嗜みであろう。

 ただし、少なくとも10年、20年稽古を続けてきた武術・武道人であれば、そういった闘志、気勢や気組というものは常に、あくまでも己の内に秘めておくべきことであるのは言うまでもない。

 それかあらぬか、齢40、50にもなっても殺気や闘志が表に出すぎてしまい、人相や目つきの極めて悪い武術・武道人を時折見かけるが、それは武芸者のあるべき姿として下手であることはもちろん、本来、人格の陶冶を目指すべき武道指導者として見ても、こうした御仁たちはどんなに業が優れていても、けして一流の武道指導者ではない。

 そういった手合いとは、お近づきにならないに限るというのは、私の36年の武術・武道人生と37年の占術人生から、断言してよいと思う。

 歳をとればとるほど、目つき顔つきには、その人の内面が出るものだ。

 では、お前の顔はどうかって?

 う~む、南無八幡大菩薩・・・・・・。

1703_茶碗
▲ま、そんなオッカナイ顔をしてないで、茶でも一服し給え


 (了)
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心の居着きを断つ/(武術・武道)
- 2017/03/06(Mon) -
 日曜は終日原稿書きで、今日は朝から都内で取材がある。

 そこで晩酌をしてさっさと寝ようと思ったのだが、夕方から呑んでウトウトしたものの、23時過ぎに酔いが醒めて目覚めてしまい、なんだかいまひとつ気分がさっぱりしない。

 そこで小半刻ほど、真剣で荒木流抜剣を抜く。

 私の差料は二口とも2尺1~2寸なので、居合の「術」の鍛錬にはいささか物足りず、もっと長い刀の方が適しており、2尺3寸5分と2尺4寸5分の稽古用の模造刀もあるのだが、心胆を練りたいときには、やはり真剣で稽古するに限る。

 おかげで、心のモヤモヤがすっきりとそぎ落とされた。

 さてそれでは、風呂に入って寝るとしよう。

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2月の水月塾本部稽古~柳剛流、伝書講義、荒木流、柳生心眼流/(武術・武道)
- 2017/02/27(Mon) -
 昨日は、水月塾本部での稽古。まだ暗い朝5時半に武州の草庵を出立し、甲州へ向かう。

 9時半に本部稽古場に到着し、午前中は小佐野先生に打太刀をとっていただいて柳剛流の稽古を行う。

 剣術、突杖、長刀の後、居合では体変換の捌き、斬りの際の拍子について手直しをしていただいた。



 昼休みには、お楽しみの伝書講義。

 今回は柳剛流今井派の切紙、目録、免許、さらに岡田惣右衛門創始の柳剛流とは別系統と思われる、紀州名倉村(現在の橋本市)に伝えられた「柳剛流柔術」の伝書類、さらに京都に伝えられた長谷川派新海流柔術の秘伝書を拝見し、師よりご解説をいただく。(柳剛流関連の伝書の詳細については、また稿を改めて記す予定)。

1702_柳剛流柔術伝書1
▲紀州に伝えられた「柳剛流柔術」の切紙


1702_柳剛流柔術伝書2
▲同じ「柳剛流柔術」の授受規則状


1702_新海流伝書
▲長谷川派新海流柔術の秘伝書。殺活の穴所が、1か所ずつ示されている



 午後の稽古はまず荒木流抜剣から。構えや運足、間合・拍子などについて、細かく手直しをしていただいた。

 その後は、柳生心眼流。

 「表」、「中極」、「落」、「切」の素振りの後、「取返し」7ヶ条をご指導いただく。28ヶ条の素振りの土台に立って、より即応性の高い技の錬磨となる点がたいへん興味深い。

 次いで、師にお相手をいただき向い振り。心眼流特有の重ね当の激しい衝撃が、ある種、稽古の心持ちとして心地よい。その後、各種実践技法についての指導と解説をいただき、夕方5時前に本日の稽古は終了。

 今回も充実した1日であった。

 稽古後はいつもの通り、師の行きつけの酒処で小宴。すっかり酔い、千鳥足で武州への帰路に着いた。

 (了)
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武芸者の観相術/(武術・武道)
- 2017/02/22(Wed) -
 武芸の稽古は12歳から始めて今年で36年になるが、卜占の稽古は11歳からなのでそれより長く37年になる。

 武芸に剣術・柔術・長柄などといった分類があるように、卜占にも命・卜・相という分類がある。

 「命」というのは、その人の生まれた日時や場所によって規定される運命や性格の傾向であり、術としては西洋占星術や九星気学、四柱推命などがこれにあたる。

 「卜」というのは、占機に応じて神託を問うものであり、タロットやルーン、周易などに代表される。

 「相」というのは、その人の体に表れた兆候で運命や性格を読み取るもので、手相や人相がその代表だ。



 私は卜占においては、もっぱら周易やタロットなどの「卜」をメインとし、補助的に九星気学や占星術などの「命」を用いており、人相や手相といった「相」の類の占術は、あまり行わない。

 一方で武芸者としては、相手の「相」を知るというのは兵法=平法として非常に重要なことであり、特に人相を観て相手の性行や気質をある程度慮るという技術は、決して損になることではない。あるいは、己の人相や気色を相手に気取られないようにコントロールすることも重要な兵法である。

 そんなこともあって、卜占としては自分の本義ではないけれど、人相=観相術についても、かれこれ数十年、自分なりに学習を続けている。

 もっとも、人相観の名人というのは専門的にいうと「気色」や「画相」を観るわけだが、私ごときは到底、それらが観られるレベルではないので、せいぜい基本的な栄養質、筋骨質、心性質といった分類を土台に五官を観るのが関の山だ。

 五官とは眉、目、鼻、口、耳の5つの部位のことであるが、個人的にはなかでも目と口、この2つに注目することが多い。

 特に目は、その人の心性や性行、隠している感情や潜在意識が如実に表れる。

 口も同様だが、特にその人の対外的な性行や気質をここから観て取ることができる。

 それにしても、武芸では「一目二足三肚四力」というが、目というのは本当にその人の心根が出るものだ。

 では、それらがどのように目に出るのかというのは観相術の技術的な話であり、ここで逐一解説するのはたいへんなことになるので、興味がある人はまっとうな人相観の先生につくなり専門書籍で学ぶことをオススメするけれども、少なくとも武芸を本気で稽古してきた人であれば、ある程度は観相術的に相手の目=気質や性行を観ることはできるだろう。

 強気、弱気、おもねり、嘘、こびへつらい、虚勢、見下し、卑下、寝首を掻こうといった所々の感情や性格は、形稽古にせよ組手や撃剣のような自由攻防にせよ、人間を相手にした攻防をそれなりに経験してきた人であれば、多少なりとも観てとれるはずだ。

 このような帰納的な観相は、卜占としての演繹的な観相=人相観とほとんど一致するといって過言ではない。

 誤解を恐れずに言えば、卑怯な人は卑怯そうな目をしているものであり、嘘つきは嘘をつきそうな目を、いじめっ子はいじめる目を、いじめられっ子はいじめられる目をしているというのが、卜占としての観相術の基本的な見立て方である。

 そういう意味で、私は卜占の徒としては、冒頭に記したように「卜」と「命」がメインなので「相」はあまり観ないのだけれど、観相術的にあからさまに人相の悪い人というのはさすがにある程度分かるので、そういう人とはなるべくお近づきにならないように気を付けているし、やむを得ず接しなければならないときには、できるだけ速やかに疎遠になるように心がけている。

 そして、このような選択や行動が間違っていたことは、数えで48年となる自分の生涯を振り返ってみてもほとんどない。



 一方で、人相に代表される「相」というのは不変ではなく、本人の気の持ちようや志しによって変化するものでもある。

 生まれた日時や場所は変えることはできないし、問いに対して示された神託を三才の下に位置する人間ごときがどうこうすることは憚られる。

 しかし人相や手相については、本人の努力次第で変えることができるものなのである。

 人相が変わると運勢や性行・気質が変わり、性行・気質や運勢が変わると人相や手相が変わるという相関関係は、経験的な確信としてある。

 たとえば、もっとも簡単な観相術的開運法は、ニッコリと笑うことだ。

 「な~んだ、そんなことか」と多くの人が言うのだが、これは観相学的真理である。

 あるいは、これはちょっと話が脱線するこれども、もっとも簡単な狐憑きや悪魔祓いの方法は、憑依された人の部屋のカーテンを開き、窓を開け、日光と爽やかな風をその人の部屋にとり入れることだ。

 その上で、ベルガモットやネロリなどのアロマでも焚けば、下等な憑き物などはかなりの頻度で解消されると、とある高名なケイオス魔術の達人がその昔語っていたが、私もそのように思う。



 自分で言うのもなんだが、胡散臭げな卜占の疑似科学的論考を弄するまでもなく(苦笑)、「目は口ほどにものを言う」というのは身体論的事実であり、卜占の徒はもとより武芸をたしなむ人も、多少はこうした観相の術を知っておいて損はないであろう。

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 (了)
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