茶の湯の極意から~『山上宗二記』より/(武術・武道)
- 2018/01/14(Sun) -
 知命之年まで、あと2年となり、最近はこれからの自分の武術人生について、ふっと想いを致すことが少なくない。

 何歳まで稽古ができるのか?

 どこまで上達ができるのか?

 どれだけの後進を育てていけるのか?

 そもそも、なぜ、武芸に打ち込むのか?

 いずれにしても、稽古と思索に与えられた時間には限りがあり、しかもそれはけして長く無尽蔵なものではない・・・・・・。

 だからこそ今は、一度一度の稽古を大切に、実のあるものにしていかなければならない。



 千利休の高弟であった山上宗二は、茶の湯の極意を次のように語っている。

常の茶湯なりとも、路地へはいるから立つまで、一期に一度の参会の様に、亭主をしっして威づべきとなり。公事の儀、世間の雑談、悉く無用なり。



 武芸の修行も同様に、その日その時の稽古を「一期に一度」のものとして深く心を注ぎ、「術」と向き合い、修行に無用な雑事雑念を日々そぎ落としてゆくことが、極意への道なのであろう。


 山上宗二は、茶湯者の至高の在り様について、

 「枯れかしけ寒けれ」

 「極月冬木の雪、遠山に似たるか」

 とし、師である利休については、

 「宗易茶湯も早、冬木なり」

 し評している。

 壮年期の武芸者の在り様も、「冬木」のようでありたいと私は思う。

 
  ~住所もとめかねつつあづまじさして
            行くはこじきに猶もなりひら~(山上宗二)


  (了)
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武具の安全管理/(武術・武道)
- 2018/01/12(Fri) -
 少数とはいえ、門下に武技を指導する以上、事故やケガの防止、安全にはできるかぎり配慮している。

 これは原則的に徒手で行う柔術はもとより、刀や手裏剣など殺傷力のある武具を扱う剣術や居合、手裏剣術の稽古においては、なおさらだ。

 たとえば手裏剣について、長年打っているとどうしても慣れが出てしまい、安全についての配慮がおざなりになってしまう傾向があるのだが、先端のとがった鋼鉄の塊を全力で的に叩きつけるのであるから、安全管理が大切であるのは言うまでもない。

 「人や生き物に向かって打たない」ことは当然だが、「(的の後方も含めて)射界に他者がいる場合は打たない」、「複数人で打っている場合、隣の的で剣を拾っている人がいる場合は打たない」、「手裏剣を打とうとしている人の後ろに接近しない」、「打剣距離が遠くなるほど、剣が失中して跳ね返ってくる距離も長くなる」、「失中して剣が跳ね返る場合、打剣距離の半分は危険範囲」などといった点に、十分に注意して指導することは、手裏剣術者の最低限の責務である。



 古流武術の稽古についても同様で、剣術にせよ居合にせよ、柔術もしかり、指導者が十分な安全管理をしないと、武術というものの性格上、いつなんどき、重大な受傷事故が起きてもおかしくはない。

 ゆえに、稽古場での所作や立ち居振る舞いへの指導はもちろん、稽古で使う武具にも十分な安全管理をしなければならない。

 例えば剣術の稽古では、木太刀が折れてしまうことは稀ではないので、指導者は己の武具はもちろん、門下の使っているものについても、常に目を配っておくことが重要である。

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▲相手の剣の棟を叩いて折るという理合の剣術形を稽古中、本当に折れてしまった白樫の木太刀


 ささくれだっていたり、ひびが入っているような木太刀を使っている場合(そういう人間は、当庵にはいないけれど)、すぐに交換させるか、替えの武具がないのなら稽古を中止させるべきだ。

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▲新品で購入して間もないにも関わらず、切先付近を叩き折られてしまったイチイ樫の小刀



 模擬刀や真剣についてはなおさら、厳格な管理と調整が必要だ。

 以前、稽古中にある門人が模擬刀で居合の稽古をしているのを見ていて、いつもより刀身が撓るなと違和感を感じたことがある。

 そこで、その模擬刀を手に取ってじっくり確認したのであるが、特段不具合はない。鍔も緩んでいないし、柄もしっかりとしていて、刀身にも傷などはなかった。

 しかし、やはりその後も、その門人が居合を稽古しているのを見ていると、どうにも違和感がぬぐえない・・・。

 そこで、当面は、その模擬刀で稽古をする際には、他者がいる方向に向けては振らないように申し付け、可能であれば早々に他の模擬刀を新調するように指導をした。

 そして、それから3カ月後の稽古中、件の模擬刀は、真っ向正面を斬り下げた瞬間、鍔元から折れてしまった。

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▲金属疲労からか、ハバキ元から折れた模擬刀


 手裏剣術の心得に、「刀の切先がちぎれて飛んでいくように」というのがあるけれど、稽古や演武中、振り下ろした瞬間にこのような折れた刀身が、他者に向かって飛んでいくようなことは絶対にあってはならない。



 模擬刀や真剣の不具合の最たるものといえば、鍔鳴りである。

 そんな武具を使っている者がいれば、すぐに稽古場から退出させて修繕させること、そしてその場で修繕ができないのであれば、武具の修繕ができるまで稽古を止めさせるのは、剣術や居合の指導者として最低限の配慮だ。

 たしか数年前だろうか、殺陣を稽古中の俳優が、自らが振るった模擬刀が刺さって死亡するという事故があった。

 この事案は、模擬刀が折れて刺さったという事ではなかったようだけれど、いずれにしても武具に関わるそのような事故が今後は起こらないことを心から祈る次第であり、そのためにも武具の安全管理には十分に留意しなければならない。

 (了)
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翠月庵の稽古始め/(武術・武道)
- 2018/01/07(Sun) -
 昨日は、今年の翠月庵の稽古始めであった。

 幸い風もない小春日和で、野天稽古場にとってはベストな陽気の中、まずは手裏剣を打つ。

 2間から5間までの基本打ちの後、本日は思うところがあり、3間打ちに集中。

 順体、逆体、歩み足の基本3種の打ち方で、4寸的を打つ。

 「置きに行く」打剣ではなく、その一打で相手の死命を制する気勢での打剣では、3間4寸的はなかなかに厳しい。

 また、ここ最近、打剣の際の呼吸にも思うところがあり、いかに無声の掛け声と呼吸に、手離れを合わせるのかを心掛けながら、一心に打剣に励んだ。



 手裏剣術の後は、柳剛流の稽古。

 まずは備十五ヶ条フセギ秘伝による相対稽古。これはいわば、自由攻防の静的・心的な稽古である。

 次いで形稽古では、当庵筆頭のY氏を仕太刀に、私は打太刀を執る。

 剣術では、基本かつ極意の形である「右剣」と「左剣」、そしてこの右剣・左剣の実践技法である当流極意柳剛刀のうちの二手、「青眼右足刀」と「青眼左足刀」の形稽古を通して、足で地を蹴ることなく「太刀の道」に従って行う、柳剛流ならではの「跳斬之妙術」を重点的に指導。

 さらに、これもまた当流極意柳剛刀の一手である「飛龍剣」では、五輪書でいうところの「かつとつといふ事」と同じ剣理を、じっくりと解説・指導した。

 突杖、そして居合についても、細かい点を手直ししながら、何度も形を繰り返す。

 こうしてアッという間に、定時の稽古が終了。

 今回は柳剛流長刀や制定柔術の稽古もする予定であったのだが、残念ながら時間切れとなってしまった。

 門下一同、業前が進むほど、稽古すべき内容と科目が増えてくるため、多くの場合、柳剛流と手裏剣術の稽古だけで時間切れになってしまい、柔術の稽古が十分にできないのが現状だ。

 当庵は、土曜の15時から17時までの2時間が定例稽古なのだが、今後は開始時刻を少し早めるなどして、全体の稽古時間を伸ばす必要があるかもしれない・・・・・・。

 いずれにしても、今年も真摯に、そして快活に、武術としての手裏剣術と、柳剛流をはじめとした古流武術の稽古そして指導に粛々と励んでいこうと思う。

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 (了)
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平成29年を振り返って/(武術・武道)
- 2017/12/30(Sat) -
 門松は冥土の旅の一里塚、めでたくもありめでたくもなし。(一休宗純)


 さて、今年も残すところあと1日となった。

 この1年を振り返ると、4月には一昨年の母に続いて父が他界し、2年連続で喪に服することとなった。

 訃報を聞いたのは、演武のために滞在していた岐阜であった。

 48年間にわたる親子の関係は、あまりハッピーなものではなかったけれど、死んでしまえばみな仏様である。

 今思うと、死に顔くらいは見てやればよかったかなとも思う。

 父の死の前、2月には、およそ10年来の旧友であった無冥流投剣術の鈴木崩残氏が逝去。

 2年ほど前に、互いの手裏剣術や武芸に対する思いや考え方の違いについて、歩み寄りが不能なほどの溝ができてしまい、私の方から義絶を申し出た。

 しかし、これほど早く鬼籍に入ってしまうのであれば、そこまできっぱりと縁を切るのではなく、やんわりと少し距離を置くぐらいでよかったと思うのだが、それも後の祭りである。

 他界直前、崩残氏は自らのブログに私への謝罪の言葉を残してくれていたのだけれど、ならば直接連絡をくれれば、和解ができたのにと思うのは、こちらから絶縁を申し出た側の驕りであろうか・・・。

 いずれにしても、不世出の天才であった無冥流・鈴木崩残という人物が独力で編み出した打剣理論と教習体系は、100年後も、自ら手裏剣術を自得しようとする多くの人々の、貴重でかけがえのない道しるべになるであろう。



 武芸に関して、今年は個人的にたいへん大きな挑戦の年であった。

 まず4月8日の「平成29年度 苗木城武術演武会」では、翠月庵一門で手裏剣術と柳剛流の剣術・居合・突杖を披露。当庵として初めての、柳剛流の公開演武を行った。

 その後、師である小佐野淳先生のお引き立てにより、5月3日の「水月塾主催 第32回諏訪明神社奉納演武会」、同月28日の「松代藩文武学校武道会 第22回 春の武術武芸会」、そして9月23日の「第23回松代藩文武学校武道会 秋の武術武芸会」では、いずれも師に打太刀を執っていただき、私は仕太刀として柳剛流剣術と長刀を演武させていただいた。

 中でも5月の諏訪明神社奉納演武会は、柳剛流200有余年の歴史において初めてとなる、免許秘伝長刀の公開の場となった。

 これは柳剛流の歴史において、特筆すべき出来事であったといって過言ではないだろう。

 また、ひとりの柳剛流の修行人としても、今年の4回に渡る演武は、自らの業前を大きく飛躍させてくれる得難い経験となった。

 特に、春の松代での演武で感じた「跳斬之術」に関する課題について、その後の稽古で「太刀の道にしたがう」ということを感得し、その成果を秋の松代の演武で発揮することができたことは、実に貴重な学びであった

 この「跳斬之術」の感得=「太刀の道にしたがうこと」を知ることによって、ようやく自分が柳剛流修行における大道の真の関門をくぐったのだと思っている。

 そのような中で秋には師より、柳剛流剣術目録を賜ることができたのは、今年最大の喜びであった。

 一方で柔の稽古においても、師や兄弟子である関西支部長のY師範より、柳生心眼流、そして水月塾制定日本柔術のご指導を賜り、自分の身体能力では絶対に習得は無理だろうとあきらめていた柳生心眼流の「取放」についても、お2人のご指導とご協力でなんとか形を打つことができるようになったのは、これもまた本当に大きな喜びであった。

 このように今年も、武術修行に関しては実に充実した、実りの多い1年であった。

 その上で来年は、自らの業前を高める事は言うまでもないが、門下の術技の向上にもさらに意を砕いていきたいと思う。

 現在、当庵で柳剛流を学ぶ人々が、遠からずそれぞれ師範となり、各々が自分の稽古場を開いて、さらに多くの人に柳剛流を伝えてゆく。

 そのような「関東における柳剛流の復興」を、流祖・岡田惣右衛門や仙台藩角田伝の祖である岡田(一條)左馬輔の墓前に、いつの日かご報告したいと思う。

 加えて、手裏剣術と空手道について。

 手裏剣術や空手道の稽古は、ともすれば「華法」に陥りかねない自分の稽古に、武の「リアル」を突き付けてくれる大切なものだ。

 だからこそ、これは昨年の「振り返って」でも同じことを書いたけれど、手裏剣術も空手道も、古流の稽古と並行してこれからも粛々と続けていこうと思う。



 さて、平成29年も、たくさんの方のお世話になりました。

 まず、我が師である国際水月塾武術協会の小佐野淳先生には、今年も実技や有職故実について、惜しむことなく丁寧なご指導とご教授を賜り、本当にありがとうございました。来年も引き続きご指導をいただけること、うれしく存じます。

 また、水月塾の各師範方や本部の先輩方、遠く海の向こうから武者修行に訪れる海外支部の皆さんにも、たいへんお世話になりました。ありがとうございます。

 戸山流居合抜刀術美濃羽会中津川稽古会のO先生と同稽古会の皆さんには、今年も変わらぬお付き合いをいただき本当にありがとうございました。来る4月の演武会で、またお会いしましょう。

 柳剛流や武術史につきまして、剣術流派調査研究会の辻淳先生や武術研究家のS様、『増補・改訂 宮城県 角田地方と柳剛流剣術-日本剣道史に残る郷土の足跡-』の著者である南部修哉様、先日久々にお会いできましたKさんには、ご助言や貴重な史料のご提供などを賜り、ありがとうございます。

 手裏剣を存分に打て、腹の底から掛け声をかけて剣術の稽古が思い切りできる貴重な稽古場を提供してくださる家主様にも、心よりお礼申し上げます。

 そして、北は山形から南は沖縄まで(アクセス解析の結果デス)、ニッチで個人的な本ブログを読んでくださる数少ない読者の皆さんにも、感謝申し上げます。ありがとうございました。

 なかでも、直接お会いしたことはありませんが、SNSで私の拙い文章を好意的にご紹介してくださり、時に武人としての含蓄のある言葉でご助言をしてくださった周防の国のRさんには、ここで改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

 そして最後に、いつも身近で私を支えてくれる「S」へ、今年も1年間、本当にありがとう。

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 それでは平成30年も引き続き、武術伝習所 翠月庵/国際水月塾武術協会埼玉支部を、宜しくお願い申し上げます。

 まずは皆さま、良いお年をお過ごしください。

 翠月庵主/国際水月塾武術協会埼玉支部代表
 瀬沼健司 謹識 

 (了) 
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稽古納め/(武術・武道)
- 2017/12/24(Sun) -
 昨日は、武術伝習所 翠月庵/国際水月塾武術協会埼玉支部の稽古納め。

 門下全員で、まずは2間から5間まで、手裏剣術の基本打ち。

 続いて柳剛流の剣術、居合、突杖のおさらい。さらに上級者は長刀を稽古。

 途中、私の武友であり古流武術の歴史に詳しい某流師範のKさんが久々に来訪され、所蔵されている柳剛流の切紙(岡田十内系)や目録(今井右膳系)、さらに柳生心眼流や鞍馬流の伝書などを拝見し、ご解説をいただきました。

 こうして平成29年の稽古は終了。

 そして稽古後は、地元の居酒屋にてささやかな忘年会を開催。

 全員うわばみの翠月庵ゆえ、今回もテーブルが空のグラスで埋まるほど痛飲!

 来年もケガ無く、快活に、のびのびと、柳剛流をはじめとした古流武術、そして手裏剣術の稽古に精進してまいりましょう。

171223_稽古納め


 (了)
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