病床六尺/(身辺雑記)
- 2017/04/03(Mon) -
 「病床六尺、これが我世界である」と書いたのは子規だが、どうもこの春は、私も体調があまり思わしくない・・・・・・。

 先月はインフルエンザで10日ほど伏してしまったと思ったら、先の日曜も寝込むことに。

 これも年齢のせいだろうか?


 日曜の早朝、本部稽古に向かうために朝4時に起床。洗面を済ませ、荷物をまとめ、着替えて家を出ようとしたところ、ビロウな話でなんだが、急に便意を催した。

 そこで、トイレに入りコトを済ませようとしたところ、急激に猛烈な差し込みに襲われた。

 しかもその差し込みの激痛といったら、50前の武芸をたしなむオッサンが、「痛っつ、痛い、痛い、痛い・・・・」と声に出して呻くほどである。

 余りの痛みに、便座から立ち上がれなくなり、脂汗が急速に噴出して汗びっしょり。しかし、肝心のお通じは無いのである。

 1時間ほどトイレに入ったまま、呻いていたが、いっこうに痛みは引かず、便通もなく、しかたなくなんとか立ち上がってベッドに戻るも、腹部の痛みがひどくて普通の姿勢で横になることができない。

 このため、正座をして丸めた掛布団を抱えるようにしてうつぶせて、ひたすら痛みに耐える。

 腹部の痛みは2~3分おきの断続的なもので、痛みだすと相変わらずうめき声をあげるほどの、これまでの人生で感じたことのないほどの激痛である。

 おまけに今度はものすごい吐き気を感じ、あわててトイレに駆け込み嘔吐もしてしまった・・・。

 もう上も下も、大騒ぎである。

 時間は朝の5時。しかも日曜なので、かかりつけの診療所は休診だ。

 「このまま痛みと嘔吐が続くようなら、救急車を呼ぶしかないかなあ。しかし、いい歳をしたオッサンが、『お腹が痛いので来てください』と、救急車を呼ぶのもこっぱずかしいなあ・・・」、などと考えているうちに、さらに時間は過ぎていく。

 2時間ほどしてようやくお通じがあり、吐き気も収まり、腹部の痛みも徐々に小康を保つようになったが、これから3時間半電車に乗って本部へ行き、剣術や柔術の稽古をすることは到底無理と判断。師に電話をかけ、稽古を休ませていただく旨連絡をする。

 その後、ようやくベッドで横になることができるようになり、腹部が痛む間隔も徐々に広がってきて、うつらうつらするも痛みで目覚め、再び痛みが引き、またうつらうつらするも痛みで目覚めるを繰り返しているうちに、いつのまにか意識を失っていた・・・・・・。


 結局、夜まで終日臥床し、腹部の痛みも日が暮れる頃にはなんとか収まったのだが、それにしてもこれほど腹が痛くなったのは、人生でも初の体験であった。

 そもそもなんで、こんなに急激に腹部の激痛が起こったのか、いまだに良く分からない。

 もともと胃腸は弱いため、子供の頃から便秘と下痢を繰り返してしまう体質なのであるが、これほどの激しい腹痛は、いままで感じたことが無かった。

 さりとて食あたりかといえば、そうでもない(食あたりは何度もしているので、経験的に分かるのである)。

 原因も分からないまま激痛にさいなまれつつ1日中寝込み、訳の分からないまま回復し、そして今朝はこんな駄文を書いているわけだ。

 再び痛み出すようなら、すぐにかかりつけ医に見てもらおうと思うのだが、幸いにもいまのところその兆候はない。

 それにしても、信じられないほどお腹は痛いは、楽しみにしていた稽古には行けないはと、実にさんざんな日曜であった。

 やっぱり健康が一番だと、しみじみ思う月曜の朝である。

 (おしまい)
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雨月物語/(身辺雑記)
- 2017/03/29(Wed) -
1703_雨月


 上田秋成の『雨月物語』は、私の愛読書のひとつ。

 昭和28(1953)年、溝口健二作の映画『雨月物語』の京マチ子は、実に美しいなあと思う。

 あ、今、酔ってますよ・・・。

 ちなみに、この写真は、『羅生門』の京マチ子である。

 (おしまい)
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『「通し狂言 伊賀越道中双六』/(身辺雑記)
- 2017/03/27(Mon) -
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 国立劇場50周年記念の最後の演目『「通し狂言 伊賀越道中双六』は、今日が千秋楽。

 荒木又右衛門の鍵屋の辻の決闘をモチーフしたこの芝居、吉右衛門のいぶし銀の芝居が光る名演であった。

 「大詰 伊賀上野 敵討の場」では、敵の種子島 を手裏剣一閃で打ち倒す、お約束の名場面も!

 又五郎の2役も見事。菊之助と吉右衛門の、義理の親子共演も見ごたえ十分であった。

 やっぱ歌舞伎は、国立劇場に限るね。

 歌舞伎座は・・・、ちょっと客席の雰囲気がスノッブなんだよなっと、国立劇場インターネット会員(NTJ)のオイラは思うわけだ(苦笑)。

 (おしまい)
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本復/(身辺雑記)
- 2017/03/24(Fri) -
 先週の体調不良は、どうもインフルエンザだったようである・・・・・・。

 週初めに発症し、週末には平熱となって、先週土曜の翠月庵の稽古は行ったものの、関節の痛みや体力の低下などで、その後もしばらく、仕事や稽古を控えつつ静養していた。

 結局、13日(月曜)の発症から10日ほどかけて、ようやくこの週末で、心身共に完全に回復したかなという感じである。

 このため自宅での稽古も、よくやく今日から再開。

 昼間、3000文字ほどのインタビュー原稿を執筆したあと、夜半刻ほどかけて、柳剛流の備之伝、備フセギ秘伝、剣術、居合、突杖、長刀をひと通りおさらいする。

 ごくごく軽い自宅での稽古であるが、心も体も実に心地よい。

 そして、「オレは柳剛流が好きなのだなあ・・・」と、しみじみ思う。



 若い頃、年配の先輩や先生方が、「武芸では養生も大切なのだ」などという話していると、正直、爺むさい話だナアなどと思っていたものだが、たかがインフルエンザですっかりココロもカラダも弱ってしまう歳になると、少しでも長く、稽古を続けるためには、己の体の養生が本当に大切なのだと思う。

 「無事、これ名馬」というのは、私の空手の師であった玄制流の土佐邦彦先生が度々おっしゃっていた言葉だが、知命の歳を目の前にすると、本当にそうなのだと実感する。

 そういう意味で、たとえば今日の取り組みで負傷した稀勢の里のケガが、大事ない事も心から祈っている。

 (おしまい)
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一瞬、アヴァロンが見えた気が・・・/(身辺雑記)
- 2017/03/16(Thu) -
 若い頃、老人がインフルエンザで亡くなるというような話を聞くに、「インフルエンザぐらいで死ぬもんかねえ・・・」などと思っていた。

 若さとはバカさだと、今はしみじみ思う。



 今週の月曜、朝から机について、ブログなど書きつつ、「なんだか、体の節々が痛むなあ。昨日の短棒の稽古のせいかしら?」などとのんきに考えていたところ、午後から悪寒もするようになり、これは風邪だと体温を測ると37度ちょっとの微熱である。

 幸い、今週は仕事の端境期でヒマなので、大事を取って早めに休むことにした。

 ところが症状は悪化するばかりで、翌火曜の朝には39度を超え、午後には39.99度を記録。

 もともと、子供の頃から風邪をひいてもあまり高熱が出るタイプではなかったので、「ああ、これってもしかして、オレの風邪人生で最高記録かも・・・」などと、もうろうとした意識の中で思う始末であった。

 それにしても、これくらいの高熱になると、関節や筋肉の痛みがはんぱではなく、ベッドで安静にして眠っていたいのだが、体が痛くて熟睡などとうていできない。

 あまりに腰や骨盤の両端部分が痛んで横になっていられないので、ベッドの上で正座をして座って意識朦朧としているのがいちばん楽だという、なんともいえない状態でひたすら体を休める。

 また、多少でも栄養を取らねばと思い、まったく食欲はないのだが、持ち合わせのレトルトの御粥を3食食べ、脱水を防ぐためにイオンウォーターを1日2リットル飲む。

 しかし、水曜朝になっても熱は下がらず、相変わらず39度台をキープ。発熱により体の痛みもこのあたりがピークで、腰はもちろん、昔、空手の稽古で切った左右のアキレス腱も激しく痛みだし、ついには正座もできず、ベッドの上でコーマポジションをとり、ひたすら時が過ぎゆくのを待つ。

 このまま熱が下がらないなら、病院に行かなきゃなと思うのだが、そもそもこの状態で自力で病院まで行く自信はなく、ヤモメ暮らし故、病院に連れて行ってくれる人もいないので、救急車を呼ばねばならんのだろうが、風邪で救急車ってのものなあ・・・なんかみっともないなあなどと、朦朧とした意識の中でのんきに考えている自分が、なんというかバカバカしい。

 そうこうしているうちに、夕方から急速に熱が下がり出し、夜には37度台にまで落ち着いた。このあたりで関節や筋肉の痛みも和らぎ、ようやく熟睡もできるようなる。

 そして今朝、目ざめると体温は36.5度と平熱に。体重計に乗ると、この3日間で2キロほど減っていた。しかし、体脂肪率は大幅に上がっており、これって筋肉が落ちたってことだよなと思うと、ちと悲しい・・・。

 熱は下がり、関節や筋肉の痛みもほぼ無くなったが、いまだになんとなく意識はふわふわした感じであり、手足に力が入らない。

 また右手の痙攣が断続的にあり、さっきペンでノートにメモを取ろうとしたところ、指がつってしまい、一時的に文字を書くことができなかった。

 ところが無常にも、今日は午後から都内でインタビュー取材があるので、昼には家を出なければならぬ。

 いやはやまったく過酷であるが、生きていくためにはしかたがない。


 それにしても、人間歳をとると、若い頃はどうということのなかった病気で命を落とすこともあるのだということは、この歳になるとしみじみ実感できる。

 そしてまた、ニュースなどで「老人の孤独死」が報道されるが、自分の最後も、ほぼ間違いなく孤独死なのだろうということは、すでに覚悟の上である。

 ただできることなら、どうせ孤独死なんだけれども、できれば季節は冬がいいなあ、夏はいやだなあと思う。

 真夏は、腐敗が速いだろうから。

 (おしまい)
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