土曜の夜/(身辺雑記)
- 2018/01/28(Sun) -
 かつて芭蕉は、道祖神のまねきにあいて取るもの手につかず、股引の破れをつづり、笠の緒付かえ、三里に灸すえて、おくのほそ道に向かった。

 いま流れ武芸者は、稽古のまねきにあいて取るもの手につかず、古袴の破れをつづり、柳剛流の長木刀を持ち、右ひじと膝にサポーターをつけて甲州へ向かう。

 それにしても、裁縫は苦手だ・・・・・・。

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  ~落武者の明日の道問う草枕(翠桃)~



   (おしまい)
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初春歌舞伎公演「通し狂言 世界花小栗判官」/(身辺雑記)
- 2018/01/24(Wed) -
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 今年の初観劇。

 国立劇場は新春らしく、たいへん華やいだ雰囲気であった。

 今回の小栗判官は、立ち回りあり、ロマンスあり、人情あり、笑いあり、涙あり、そしてオカルトありと、実に歌舞伎らしい楽しさにあふれる演出が印象的だ。

 歌舞伎は、いいなあ。


 (おしまい)
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ひさしぶりのヨコハマ/(身辺雑記)
- 2018/01/11(Thu) -
 最近は、アームチェア・ディクティブ的な仕事が多く、取材記者なのにあまり現場に出させてもらえないのが、いささか悩ましい・・・・・・。

 そんななか、昨日は今年の初取材で久々に横浜へ。

 今回は野毛の食べ物横丁とジャズ喫茶、関内のバーの取材&撮影である。

 15年来の知古であるカメラマン氏との現場なので、サクサクと仕事が進むのが心地よい。



 ハタチになるまで伊豆の山奥で生まれ育ったので、私は100%純正の田舎モンなわけだが、思春期となり同級生たちが東京への憧れを語るようになっても、特段、東京への興味や関心は無かった。

 (結果的には、これまでの人生で一番長く暮らしたのは東京なのだけれど)

 むしろ、伊豆から見ると東京よりも手前にある「横浜」への憧れが強かったのは、キャロルや横浜ケンタウロスの影響だったのだろう。

 ま、今となっては、それはそれでこっぱずかしく、俗っぽい話ではあるのだが(苦笑)。

 高校生になるとバイトで稼いだ金を使い、月に1~2回は東海道本線の各駅停車で横浜まで出かけ、中華街で怪しげな武具を購入したり(たしか、なんとかシンジケートとかいう店だったという記憶がある)、読めもしない中国語の人体急所図みたいなものを買いあさったり、山手や元町あたりを意味なくぶらついたものである。

 大人ぶって梅香亭やオリヂナル・ジョーズに入ったものの、緊張して食事の味など分からなかったことや、バイクの免許取り立てでケンタウロスを訪ねたものの、店頭で思いっきり立ちゴケをしてしまい、それを憐れに思ってくれたボスが2階のクラブハウスに招き入れてくれ、(「あの椅子」に座りながら)半日ほども話しをさせてもらったりしたことなど、いずれももう30年以上も前、遠い昭和時代の記憶だ。



 上京し、フリーの売文稼業で糊口をしのぐようになってからは、横浜の街歩き本などの仕事をよくやり、飲食店だけでも200軒以上は原稿を書いただろうか。

 企画に行き詰まって中華街を歩いていたところ、たまたま喫茶店で知り合った方が中国料理店のオーナーで、その店をメインに誌面を構成して本の巻頭特集を飾ることができた! などという、ちょっとドラマチックな出来事も懐かしい思い出だ。



 ここ数年、横浜を訪ねるのは年に1度、関内ホールで歌丸師匠の独演会を聞きに行く時だけだったのだが、久々にゆっくりと街を歩いて、「やっぱりヨコハマは、いいなあ」と、しみじみ思った次第。


▲昭和、横浜といえば、やっぱり『プロハンター』。ミズさんの、黄色いブルゾンにあこがれたもんである


 (おしまい)
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すでに平常運転/(身辺雑記)
- 2018/01/03(Wed) -
 世間様の多くはいまだお屠蘇気分全開のようだが、私は稽古も仕事も昨日から平常運転。

 2月末までに解剖生理学の単行本の原稿、約250ページを執筆しなければならず、粛々とキーボードを叩く。

 合わせて3月発行の旅行ガイドブック、医療法人・社会福祉法人向け月刊誌の連載インタビュー、外国人旅行者向けのwebの連載も同時に動いているので、今月はもう、あと2日しか休めないようだ・・・・・・。

 ま、今年は昨年以上にジャンジャン書いて、お金をいっぱい稼がねばならぬ。

 世の中はバブル期以降で最長の好景気だというが、私のような末端の売文屋には、その実感はまったくない。

 それどころか、たとえば今月で『剣道日本』が廃刊になったように、出版業界は完全に沈みゆく船なのだ。

 とはいえ、新年早々精神的に後ろ向きになっているわけにもいかないので、とにかく稼ぐ、それしかない。

 今年も、がんばろう!!



 稽古も昨晩から開始。

 とはいえ、まだ県立武道館は開いておらず、翠月庵の稽古始めも今週末からなので、夜半、拙宅にて半刻ほどの稽古。

 柳剛流剣術、突杖、そして長刀を振るう。

 どういう訳か、いつになく長刀の操作と体捌きがピタリとはまり、新年早々、たいへんに心地よい。

 ひとしきり柳剛流をおさらいした後は、柳生心眼流の素振二十八ヶ条でしめた。



 さて一夜明けて今日も、原稿書きに専念するとしよう。

 (おしまい)

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歳末雑感/(身辺雑記)
- 2017/12/27(Wed) -
 クリスマスが過ぎると、一夜明けて、いきなり街は正月ムードに変貌する。

 多くの人は明日28日が仕事納めということで、なんとなくもう、「年内の仕事は終わったな・・・」感が漂っているのかもしれない。

 年明け早々の、野毛の飲み屋取材のアポイントメントを入れながら、そんな気配を濃厚に感じ取るのであるが、私は30日いっぱいまで、高齢者の生理学に関する解説本と、医療・介護施設経営者向けのインタビュー原稿を書きつつ、横浜の日帰り旅行本の編集作業も同時に進めなければならぬ。

 毎年のことではあるが、沈みゆく出版業界を底辺で支える、零細売文業の社長兼営業兼総務兼人事兼たった一人の社員である私には、正月休みなどないも同然だ。

 そういえば、ついに『剣道日本』も今日発売の号で休刊とのこと。

 この業界で「休刊」というのは、イコール「廃刊」ということであり、まことに寂しいかぎりである。

 ま、紙媒体の出版人などというのは、私も含めてもはや滅びゆく世界のあらまほしき一族なのだから、沈みゆくとなりの船も静かに見守るのみだ。



 そんなこんなで、昨日も朝8時から机について、仕事が終わったのは深夜24時。

 とっとと酒でも呑んで眠りたい所であるが、克己心を全力で振り絞り、小半刻ほど柳剛流居合の稽古を行う。

 向一文字、右行、左行、後詰、切上の5本の形を繰り返す。

 真剣をたばさみ5つの形を何度も繰り返すうちに、雑念は消え、ただただ柳剛流祖・岡田惣右衛門が編んだ形の世界に没入する。

 そしてどういう訳か今晩はいつも以上に刀が走り、稽古後はモヤモヤとした頭の疲れがすっきりとした。

 原稿書きで大脳辺縁系が疲弊しきったときは、居合の稽古が最高のリフレッシュになるようだ(笑)。

 さて、それではひと風呂あびて、早川文庫のカズオ・イシグロでも読みながら寝るとしよう。

 オヤスミナサイzzzzzzz。

1712_柳剛流居合「切上」
▲柳剛流居合 「切上」

 (おしまい)
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