貧乏くじ/(身辺雑記)
- 2017/09/08(Fri) -
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 ヘルプで関わった新規案件の仕事で、とんだ貧乏くじを引いたようだ。

 ・・・泣けるぜ。

 (おしまい)
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初秋清貧/(身辺雑記)
- 2017/08/31(Thu) -
 今日で8月も終わり。

 こちら武州中山道の草庵では、驚くことにエアコンなしの部屋で仕事ができるほどの涼しさである。

 それにしても、この6~8月は多忙であった。

 それも今日と明日で、慢性腎不全患者の運動に関する記事と、青森にある社会福祉法人の紹介原稿を書けば、ようやくひと段落というところだ。

 そして週明け月曜からは、ラーメン店の取材が始まるのだが、私はそれほどラーメンが好きではないのと、ラーメンの取材は必ず体調を崩すので、ちょっと気が重い・・・・・・。



 この3か月間は、足掛け25年に及ぶ記者生活の中でも、おそらく最も仕事をしたのではないかと思う。

 しかし、昨年、今年と立て続けに両親が鬼籍に入り、それにともなうあれやこれや、なんだかんだのよしなしごとで、50歳を目前にして比喩ではなく本当に貯蓄金額がゼロ(!)になってしまったので、これから向こう10年間くらいは、このようなペースで休み無く仕事を続け、なおかつ相当な倹約生活を送らなければならないようである。

 一応現在の予定では、60歳までにはなんとか元の貯蓄水準に戻したいのだが、今の出版不況のことを考えると、そもそも10年後に、最低限の生活が維持できているかすら疑問だ。

 とはいえ幸か不幸か、妻も子もないのんきな立場なので、「子供の給食費が払えなくなったらどうしよう・・・」といった心配はなく、最悪の場合でも毎食サッポロ一番塩ラーメンで食いつなぐくらいは、なんとかなるであろう・・・・・・、多分。



 ところでサマージャンボの当選金についてだが、どういうわけか私の手元に入ってきた金額が、6億9999万9700円ほど足りないのは、まことに遺憾である。

 そこでやむを得ず、来週からもコツコツと仕事をし、食事は一菜一汁、晩酌は「月桂冠糖質ゼロ」というように食費と飲み代を切りつめ、休日は武芸の稽古以外はできるだけ無駄な外出はせず、本は買わないで図書館で借り、普段着はヤフオクで落札した中古の和服あるいは洋服はユニクロかしまむらで済ますといった、節約と倹約第一、生活半径50メートル以内のつつましく清貧な暮らしを続けていかなければならぬ。
 
 ま、振り返ってみれば、30代までに若造の身の丈に合わない酒池肉林を十分楽しんだので、50代になってのこんな貧乏暮らしも、また人生かと思う・・・・・・。

 ・・・・・・思うのだが、やはりたまには紙パックでないお酒というのを飲んでみたいものであるし、できうるならば「野田岩」の白焼きか「てんぷら近藤」のキス天でも肴にしながら、久保田の万寿をたっぷりと心ゆくまで呑み、仕上げは湯島の「琥珀」で世界で最も旨いマティーニをいただきたいなあなどと、遠い目になる初秋の午後であった。


 とりあえず今日の晩酌の肴は、うな次郎・・・・・・。

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▲地球の生態系と貧乏なオッサンに優しい、うなる美味しさ! 「うな次郎」


             一人分の米白々と洗ひあげたる(尾崎放哉)




 (おしまい)
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兵士の故郷(Soldier's Home)/(身辺雑記)
- 2017/08/25(Fri) -
 この夏は、初めて埼玉に甲子園の優勝旗がやってきたということで、さぞかし加須あたりは、盛り上がっているのだろう。

 めでたい事である。

 とはいえ、私は埼玉県民になってまだ7年足らずだし、生まれも育ちも伊豆である。おまけに22歳から41歳まで、約20年間東京暮らしをしていたので、埼玉県の高校が甲子園で優勝したといっても、正直あまり感慨はない。

 一方で、「あなたの故郷はどこですか?」と尋ねられれば、「伊豆です」と答えるのだけれど、もう両親ともに鬼籍に入ってしまい、実家も引き払ってしまったので、盆や正月に帰省する家があるわけでもなく、土地との縁はもう切れてしまった。

 では、人生で一番長く暮らした場所である東京人を気取るのかと問われれば、

 「そんな、すだらもにゃあことは、絶対に言えにゃあら」

 と思う・・・・・・。



 埼玉在住といっても、この7年間、地元にいるときはほとんど家にこもって原稿を書いているか、部屋で酔っ払っているか、稽古場や県立武道館で稽古をしているかで、今住んでいる町については最寄りの駅と武道館周辺ぐらいしか土地勘がなく、特段、愛着もない。

 むしろ、柳剛流祖・岡田惣右衛門の生地であり、フィールドワークで何度も足を運んだ幸手市の方が、よほど土地勘もあり、愛着も感じている。

 資金と条件さえそろえば、いっそのこと幸手に引っ越してしまいたいとも思うのだが、何しろ六無斎ゆえ、そんな金も時間も機会もないのが残念である。

  そんなこんなで最近、己の土着性というか、帰属する土地についてのアイデンティティが崩壊気味で、まさに名実ともに、地に足のついていない浮草人生街道を、終点に向けて着実に歩きつつある私なのであった。


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▲埼玉県幸手市にある、柳剛流祖岡田先生之碑


170825_惣新田
▲流祖生誕の地である、埼玉県幸手市惣新田。江戸川沿いの平地に田畑が広がり、その合間に民家が点在する


   「話はそれだけ?」クレブスは言った。
   「そうよ。あなたは、自分の母親を愛してないの?」
   「ああ」クレブスは言った。
    母親は、テーブル越しにじっと彼を見た。その目はキラキラと輝いていた。彼女は泣きだした。
   「だれも愛せないんだよ、ぼくは」クレブスは言った。
                                (『兵士の故郷』E・ヘミングウェイ/高見浩訳)



 (おしまい)
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スタンドアローン/(身辺雑記)
- 2017/08/15(Tue) -
 お盆の休暇も昨日で終わり。

 出先からの帰路、日付の変わる間際の東海道線の車内はかなり空いていた。

 ちょっと奮発をしてグリーン券を買い、2階席の窓際に座って缶のハイボールをちびりちびりと飲みながら、この夏の私的課題図書(笑)であるスティーブン・キングの『IT』を読む。

 20数年ぶりの再読であり、またキング特有の微に入り細を穿った描写のために、かなり新鮮な感覚で第一巻を読了。

 本の影響か、車窓の街灯りを眺めるともなく眺めていると、少年時代の記憶が断片的に蘇る。



 この数日間、いろいろと出かける用事があり、また少々思うところがあって、ネットはほとんど見ないでいた。

 一方で普段は仕事柄、現場取材をしている時以外は、四六時中、パソコンに向かっている。

 このためちょっとした作業の合間にも、ちょこちょことSNSをのぞいて読み書きをしたり、誰かのツイッターやブログを読んだりしてしまいがちだが、そういうのはどうも、いろんな意味で精神衛生上よろしくないなと思うことが最近少なくない。

 おまけに先日は不覚にも、フェイスブックのアカウントを一時的に乗っ取られてしまった・・・・・・。

 そんなこんなで、これまでもネット上での活動はそれほど積極的に行っていたわけではないけれど、今後はさらに必要最小限にするべきだなと思っている。

 そもそも武術・武道というものは、事理一致、実力本位の世界である。

 あるいは史実の研究は、学問のルールに従って公正に行うべきものだ。

 業には業で、史実には史実で対すればよい。

 シンプルなことだ。



 五十路を目の前に、自分に残された時間はもう限られているのだから、人生はできるだけ簡素な方がいい。

 私は私の志を全うすべく粛々と、柳剛流の稽古・伝承・普及、そして流儀の調査・研究を中心に、各古流武術の錬成そして手裏剣術の練磨に専念をすればよい。

 そんなことを改めて確信した、短い夏季休暇であった。

1705_松代演武_柳剛流左剣
▲柳剛流剣術 「左剣」

 (了)
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夏季休暇/(身辺雑記)
- 2017/08/11(Fri) -
1706_柳剛流「右剣」
▲柳剛流剣術 右剣


  「まけてのく人を弱しと思うなよ
              智恵の力の強き人なり」 (中山柳剛流 武道歌)



  (了)
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