武具の購入/(武術・武道)
- 2017/06/04(Sun) -
 柳剛流の稽古では、専用の長大な木太刀を使う。

 このため入門して間もない者や、あまり稽古に来られない者には、私が所持している木太刀を貸し出している。

 そしてある程度稽古が進み、本人の希望がある場合に、木太刀の購入をすすめている。

 これについてある武友から、「入門した段階で最初に購入させた方が良いのではないか?」とのご意見をいただいた。

 彼によれば、決して安くないはない武具を入門時に購入することは、本人の稽古参加へのモチベーションにつながり、結果として稽古が長続きするのだという。

 たしかに私も、そういう面はあるだろうなと思う。

 しかし流儀の武具というのは、柳剛流の木太刀にしても、翠月庵の手裏剣にしても、すべてオーダーメイドの品なので、けして安価なものではない。

 木太刀と手裏剣をまとめて一気に揃えようとすると、数万円の出費となるわけで、それは入門をしようという本人にとっても、また指導をする私からしても、その人が果たして3か月で辞めてしまうのか、これから20年精進するのか分からないわけで、当人にとって経済的な負担が大きくてかわいそうだなと思うのである。

 一方で柳剛流の木太刀にしても、手裏剣にしても、私が所有しているものは数が限られているので、武具を持っていない初学者や見学者がたまたま同じ日に稽古が集中してしまうと、武具の数が足りなくなってしまうのは、困った問題だ。



 モチベーションへの影響と物理的な数の問題も含め、少なくとも柳剛流の木太刀については、入門と同時に即購入してもらう方が良いのかなあとも、最近は考えている。

 自分が初学者の立場であれば、自らが学びたいと望む流儀の専用武具は、一刻も早く手に入れたいと思うのだけれど、ま、考え方や懐具合というのは人それぞれだから、一概に自分を基準に考えてはいけないと自戒している。

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▲柳剛流剣術、目録柳剛刀「無心剣」。稽古では4尺を超える木太刀を用いる


 (了)
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或る天宮図/(身辺雑記)
- 2017/06/03(Sat) -
170602_ホロスコープ



 なになに、天宮図を観てくれじゃと?

 わしの専門は易やタロットといった「卜」の占いなので、「相」の占いはそれほど得意ではないのじゃが、ではちょっと観てしんぜよう。

 それにしても、便利になったもんじゃ。

 今やweb上にある無料ソフトで、ちょちょっと入力をすれば、あっという間に天宮図が完成する時代じゃ。

 わしが西洋占星術をかじった20世紀後半の頃は、惑星暦と首っ引きで手書きで天宮図を作り、星々の座相などは、分度器を使っていちいち測ったもんじゃて。

 まったく、時代の流れが速すぎるようじゃ・・・。



 さて。

 む~ん、この出生図はひどいのう。

 まず財運はまったく無し。

 本人が飲食や趣味に浪費しがちで、加えて不慮の事件や事故などで金銭的な損失を出したりするから、ま、この人は金の貯まらん人生だのう。

 家族運や恋愛・結婚運も、まことによろしくない。

 家族関係には幼いころからあまり恵まれないであろうし、大きくなってから人並には恋愛などもあるであろうが、いずれも長続きはせんだろうのう。

 そもそも本人に、堅実な家庭を築こうという意識が少ない。風まかせの気ままな暮らしが、この人の性分のようじゃな。

 いずれにしても、暖かい家庭といったものには、無縁な人生じゃ。

 かわいそうなものよのう・・・。



 財運や家庭運に恵まれないのとは対象的に、仕事や趣味、教養に関しては、たいへん運に恵まれておる。

 なかでも出版や情報関連の職業分野であるとか、工芸以外の無形文化といった伝統的な技芸にも本人の適性があり、加えてその世界の実力者や年長者の引き立ても受けられる星の巡りゆえ、それなりの立場や名誉も得られそうじゃ。

 ただし、それと同時に、この人には過剰に闘争的な面があるので、それによって無駄に敵を作ったり、理不尽な誹謗中傷を受けたり、場合によっては不名誉な出来事で一時的に隠遁を強いられたりといった不運もつきまとうので、十分な注意が必要じゃな。

 大切なのは、己自身の闘争心や怒りを、理性でコントロールすることじゃ。

 そのあたりに気を付けて、おごることなく精進を続ければ、何らかの専門分野で、自身もよく人を育てていく良き師となるじゃろうの。

 そういう意味でこの人は、つねにタロットの11番、ウェイト版では8番じゃが、「力」のカードを守護とし、よく吟味するとよいであろう。

 「力」のカードに示されているのは、高次の理性による原初的な力のコントロールじゃからの。

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 さてさて、この人の生まれながらの星の巡りで一番の問題なのは、晩年の死に方じゃな。

 不慮の事故とか、自宅以外での客死、ただならぬ出来事による命の危険もありそうじゃのう・・・・・・。

 いずれにしても、暖かい家族に囲まれて畳の上で静かに臨終という死に方には縁が無いようじゃ。

 しかしここで注目すべきは、一方でこの人には「風の大三角」があるとことじゃよ。

 大三角という座相は、「大幸運の星」とも呼ばれ、これがある人はとにかくむやみやたらと幸運に恵まれるのじゃ。

 いわば、「生まれながらの、棚ぼた人生」というやつじゃな。

 これだけ財運・家族運・愛情運に恵まれず、晩年の悲惨な死相まで暗示されているにも関わらず、この人の場合はなぜかいつも、首の皮一枚で危難を避けられてきたようじゃ。

 絶体絶命の危機でも、どういうわけか助けが現れたり、どん底まで落ちてもなぜか援助してくれる人がいたりする、強運の持ち主なのじゃよ。

 なんとも、悪運の強い人よのう。

 そしてこの大三角は、風のエレメントゆえ、形のないもの、情報や技芸などに関して、大きな幸運に恵まれておるのも興味深いのう。

 ただし大三角の座相がある人は、とかく運任せで地道な努力を怠りがち、なまけ者になりがちであるから、何事にも慢心せずに精進を続けることが肝心じゃな。



 と、こんな見立てでどうじゃろう。

 ま、これは西洋占星術に限らず、「相」の占い全般にいえることじゃが、生まれながらの運勢などというのは、本人の生き方いかんで、どのようにも変えられるものじゃ。

 大切なのは、「至誠天日を貫く」の気概で生きること、これひとつじゃろうて。

 で、この天宮図の御仁、どこのどなたさんじゃね?

 ああ、あの男かい。

 ありゃあ、悪運だけで生きている、酔いどれのなまけ者じゃ、間違いない!!

 とりあえず呑みすぎに気をつけるのと、仕事や稽古をさぼってブログばかり書いているとろくな死に方をしないぞよ! っと、きつく言っておきなされ。

 たぶん今日あたりは、二日酔いでウンウン言いながら、原稿を書いておるじゃろうからのう・・・・・・。

 (おしまい)
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雲静かにして日月正し/(武術・武道)
- 2017/06/01(Thu) -
 「雲静日月正」(くもしずかにしてじつげつただし)。

 (雲は静かに流れ、太陽や月の運行も正しいゆえ、季節は移ろい、人は平穏に過ごせる)。



 今日から6月である。

 なんの気も無しに暦を見ていたら、今年は旧暦で閏月があることに気づいた。

 それにしても、まだ旧5月7日だというのに、ここ数日は、雨が降るような、降らないようなはんぱな陽気で、我が草庵のある武州・埼玉はなんとも蒸し暑い・・・・・・。

 また、すっかり見落としていたのだが、本ブログのアクセス数が、累計(ユニークアクセス)で10万回を超えた。

 あまたある有名・人気ブログのPV数に比べればささやかなものであるが、こんな私的な記事を、日々30人ほどの方々が読んでくださるというのは、ありがたいことだとしみじみ思う。



 この春は、4月の「苗木城さくらまつり武術演武会」、5月には「水月塾主催第32回諏訪明神社奉納演武会」「松代藩文武学校武道会 第22回春の武術武芸会」と、演武会への出場が続いた。

 諏訪明神社奉納演武会で柳剛流を披露するのは2回目であったが、苗木城の演武では打太刀として、松代藩文武学校の演武では仕太刀として、いずれにおいても初めての柳剛流の披露となった。

 また、諏訪明神社や松代藩文武学校の演武では、柳剛流200有余年の歴史上、初めて免許秘伝の長刀を公開するということで、準備段階から演武当日まで、やはりそれなりに緊張感のある時間であった。

 加えてこの間、父親の死去や母の一周忌などもあり、なかなか演武に臨むに向けて「明鏡止水」「無念無想」といった心の境地には及ばず、精神的にも経済的にも、負荷の少なくない日々であったなというのが実感である。

 結果として、それぞれの場での演武では、自分なりに仕太刀また打太刀として、柳剛流のいち修行人としてあるいは指導をする者として、いずれにおいても手ごたえと次の課題を感じることができたという点で、厳しくも充実した、私の36年間に渡る武術・武道人生において特筆できる2カ月間となった。



 次の演武は10月に再び松代ということで、向こう4カ月ほどは、武芸に関しては粛々と稽古に励む、静かな日々となろう。

 考えてみると、この数カ月間は柳剛流の稽古に集中し、手裏剣はほとんど打っていない。

 柳剛流の更なる精進はいうまでもないが、手裏剣術の腕前についた錆を、少し気を入れて落とさねばなるまい(苦笑)。

1706_柳剛流「右剣」
▲柳剛流剣術「右剣」 打太刀/小佐野淳師 仕太刀/瀬沼健司 平成29年5月28日 松代藩文武学校にて


 ~無念とて無しと思うな唯ひとつ
               心の中に無しと知るべし(柳剛流 免許武道歌)~


 (了)
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松代藩文武学校武道会 第22回 春の武術武芸会/(柳剛流)
- 2017/05/30(Tue) -
 先の土日は、国際水月塾武術協会の一員として、私は初めて「松代藩文武学校武道会 第22回 春の武術武芸会」に出場させていただいた。

 まずは27日(土曜)午後、現地で小佐野淳先生と関西支部の山根章師範と合流し、松代藩文武学校武道会平成29年度通常総会に出席。

 議事において、松代藩文武学校武道会の諸先生方を前に、新会員としてご紹介をしていただく。



 翌28日(日曜)、まず午前中は近隣にある象山神社に参拝し、午後から演武会が始まった。

 我が水月塾からは、まず小佐野先生と山根師範による、松代藩伝無双直伝流和の演武。次いで柔術渋川一流から柔術と三尺棒が披露された。

 その後、小佐野先生に打太刀をとっていただき、私が仕太刀を務め、いよいよ柳剛流の演武となる。

 剣術は切紙の「右剣」と「左剣」を、さらに免許秘伝の長刀からは「左首巻」、「右首巻」、「上段右足」、「刀勝」、「切上」の形を披露する。

1705_松代演武_柳剛流左剣
▲柳剛流剣術「左剣」


 江戸時代後期に建築され、実際に松代藩士たちが武芸の腕を磨いた、当時のままの本物の藩校の稽古場で、こうして柳剛流の業を披露させていただくというのは実に貴重な機会であり、これまでの演武とは違った心地よい緊張感がある。

 また、松代藩文武学校武道会では、毎年2回、春と秋に文武学校で演武会を開催しているのだが、春の演武については各流の師範のみが参加を許されるものであることから、他流の先生方が一堂に会する中での演武ということで、これもまたいつもの演武とは違った緊張感を感じさせるものであった。

1705_松代演武_柳剛流_右首巻
▲柳剛流長刀「右首巻」


1705_松代演武_柳剛流_上段右足
▲柳剛流長刀「上段右足」


 こうして柳剛流の演武は、まずは滞りなく終了。

 個人的には仕太刀として、いくつか課題を実感する点はあったものの、諸流の先生方の前で、なんとか見苦しい演武にはならなかったのではないかと、ほっと胸を撫でおろしている。

 今回感じた課題については、次回、秋の師範演武でしっかりクリアしなければという決意を新たに、五月の爽やかな風と歴史が薫る松代を後に、武州への帰路についた。

1705_松代_集合写真
▲松代藩文武学校武道会の先生方と共に、象山神社にて


 (了)
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調整完了/(身辺雑記)
- 2017/05/26(Fri) -
 今朝も、朝8時半からかかりつけの治療院へ。

 月曜から毎朝通ったおかげで、首と肩の痛みはほぼ完治。肩甲骨周りに、若干のコリがまだ残っているが、日常生活には支障のないレベルだ。

 とりあえず今日も、マッサージと鍼を打ってもらい治療は終了。

 若い鍼の先生に、「日曜の演武、頑張ってください!」と、見送られる。

 これで、心置きなく演武に集中できるというものだ。


 それにしても、45を過ぎたあたりから、こうした体の不具合が如実に表れるようになったのは、実に困ったもんである・・・。

 「無事、これ名馬」

 というのは、空手道の恩師である土佐邦彦先生が、常々おっしゃっていた言葉であり、それをこの歳になって、しみじみと実感する。


 さてさて、この50年物にならんとするくたびれたカラダを、この先どれだけ長く大事に使っていけるのか?

 これもまた、市井のいち武術・武道人たる自分にとっての大きな課題だ。


           170526_112129.jpg
           ▲「剣の2」に曰く、健康も武芸もバランスが大事


 (おしまい)
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柳剛流免許巻の教え/(柳剛流)
- 2017/05/24(Wed) -
 首と肩、背中の痛みは、引き続き加療中である。

 朝、鍼とマッサージをしてもらうと痛みはほぼ消失するのだが、それからず~っと机について原稿を書いていると、夕方にはまた、痛みがぶり返す。

 このため昨夜の稽古は、柳剛流剣術と長刀の形の確認、備之伝・備フセギ秘伝の考察に留め、軽く流した。

 その後、就寝前に、柳剛流の伝書をつらつらと読む。


 柳剛流の伝書は、各派によって様々な相違があるが、全体としては簡潔な記述のものが多い。

 印象として言うと、特に角田伝系の伝書は非常にシンプルな記述のものが多く、一方で武州の岡安伝系の伝書は比較的記述や内容が複雑になっているように思われる。

 角田伝の免許巻頭文と、流祖直筆と伝えられる石川家伝来の免許巻頭文を読み比べると、完全に一致していることが分かる。

 ソレ兵術拳法ハ業至ッテ利至ラザルトキハ足アリテ目無キガゴトシ。利至ッテ業心ニ至ラザルトキハ目アリテ足無キガゴトシ。理知圓カクノ者ヲ席トナシ術ノ至リトナス。コレニヨッテ武術者ハ身ヲ立テ家ヲ治メ仁孝忠ノ三第一。シカシテ教羽ノ肝要也。何ノ道ニアラズシテ弁舌博覧ニ勝ルヲ意ニ信トスルニアラズ。(柳剛流剣術免許巻)



 業に偏ってはならず、さりとて理に偏ってもならぬ。

 事と理と、そして心の一致をもって術の至りとなし、けして弁舌や博覧に優れることを目指すものではないというのが、流祖・岡田惣右衛門の素朴にして簡潔な教えだ。

 
 あるいはまた、殺活術を修めるに至った当流熟練の武芸者に対しては、粗暴のふるまいを厳しく戒めている。

 ソレ剣柔者ハ身ヲ修メ心を正スヲモッテ本ト為ス。心正シキハスナワチ物ヲ視ルコト明ラカナリ。コノ術ヲモッテタヤスク闘争ニ及ブハ我ガ党ノ深ク戒メル所ナリ。(柳剛流殺活免許巻)




 武技の錬磨を通して心身を涵養し人格完成を目指すというのは、近代武道の崇高な理念であるが、現実には多くの場合ほとんど実践できていない遠い理想でもある。

 しかし少なくとも、今日の稽古を通し、昨日の自分よりも僅かでも明日の己を高めたいと望むこと、「勁(つよ)い人でありたい」と願うことは、けして虚しいことはではないと信じたい。

170524_柳剛流_長刀
▲柳剛流長刀


 ■参考文献
 『増補・改訂 宮城県 角田地方と柳剛流剣術-日本剣道史に残る郷土の足跡-』(南部修哉/私家版)
 『幸手剣術古武道史』(辻淳/剣術流派調査研究会)

 (了)
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跳斬之術一考/(柳剛流)
- 2017/05/23(Tue) -
 一昨日の本ブログでは、「兵法のはやきといふ所、実の道にあらず」ということについてふれた。

 そんな折り、合気道家であり大森曹玄門下として直心影流を修めた剣客でもある、野中日文先生のブログの過去記事をつらつらと読んでいたところ、興味深い一文が目に留まった。


大陸で何人も人を斬ったという、村重さんという人がいた。ゆっくりと重くつかう人で、意外に思って「そんな速さですか?」「そう、こんなものだ。真剣を使う場では、さわぐな」これが秘訣のようだった。ベルギーで客死したが、ギャングに襲われたようだ。筆者はこの人に人の斬り方を教えてもらった。

「野中日文の垂直思考 武の世界からの直球・曲球」 阿部先輩のこと(2012/08/06)
http://nonakahihumi.blog.fc2.com/blog-entry-130.html




 今は剣で実際に人を斬る時代ではないが、こうした先達の箴言は十分に吟味する必要があろう。

 翻って我が柳剛流においては、その剣術は「跳斬之妙術」とも呼ばれ、斬撃に飛び違いを用いることを特長とする、いわば軽快・迅速な剣である。

 こうした点で、野中先生がご指摘されている、「ゆっくりと重くつかう」こととは、一見、対極にあるように思われる。

 しかし、柳剛流の剣における軽快さや迅速さは、たんなる形而下の軽さや早さであってはならないと、私は考える。

 流派を問わず、剣術の第一義が「殺人刀」である以上、我が跳斬之術も、軽快だが重く、迅速だがゆっくりとした、「さわがない太刀」であるべきであろう。

 これをどう、己の「形」=「術」に体現していくのかが、稽古における大きな課題だ。

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▲柳剛流剣術「左剣」


 (了)
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はじめての鍼治療/(身辺雑記)
- 2017/05/22(Mon) -
 先の土曜は、翠月庵で柳剛流剣術と神道無念流立居合、そして手裏剣術の稽古。

 帰宅後、晩酌をしていつのまにか気絶してしまう。

 すると明け方、左胸に肋間神経痛の痛みを感じ、不本意ながら目覚めた・・・。

 疲れがたまるとよく肋間神経痛が出るのだが、土曜の稽古は指導中心で、自分自身はそれほど疲労を感じるようなものではなかった。

 「急に気温が上がったからかなあ・・・・・・」などとボンヤリ思いつつ、日曜は終日、認知症グループホーム関連のインタビューのテープ起こしを行う。

 午後になると、胸の痛みは和らいできたのだが、こんどは肩こりがひどくなってくる。

 もともと、肩こりはあまり感じる方ではないので、どうしたのかなあと思いつつ、夕方には仕事を終えて晩酌、後、意識を失う。

 すると、深夜1時過ぎ、首と背中に激しい痛みを感じて目覚め、以後、まんじりともせずに夜明けを迎えた。

 子どもの頃から、よく寝違えで首を痛めることが多かったので、今回も多分、酔っぱらって寝てしまい、その間、無意識に肩や胸の痛みをかばっていたことから、寝違えてしまったのであろう。

 ことに、左の肩甲骨周りの痛みが激しいので、朝いちばんで、自宅から歩いて2分ほどの場所にある、かかりつけの接骨院へ向かう。

 たしか前回受診したのは、空手の稽古で腰を痛めたときなので、治療を受けるのは2年ぶりだ。

 ここの先生や職員の接骨医さんたちは腕が良く、また私の体質からか特にお灸がよく効くので、かくかくしかじかと症状を話してお灸をお願いしたところ、筋肉に炎症があるので今日はお灸よりも鍼の方が良いとのこと。

 そこでまず、20分ほどマッサージをしてもらった後、はじめての鍼治療を受ける。

1705_鍼
▲写真はイメージです(合衆国海軍による鍼治療だとのこと・・・)


 「う~む、これはリアル藤枝梅安だなあ・・・」などと思いつつ受ける鍼治療。

 首や背中、左腕などに10本くらい(?)鍼を打たれ、「この後は7分ほど、そのまま安静にしていてください」と言われ、あっという間に気絶。

 鍼には睡眠導入効果があるのか、いや、昨晩は痛みで熟睡できなかったからかもしらん。

 ブ~っというアラーム音で目覚め、本日の治療は終了。

 今週末には松代で柳剛流の演武があるので、「それまでに痛みはとれますかねえ?」と聞くと、では明日も来てくださいとのこと。

 ちなみに今、これを書いているのは治療が済んでから1時間後で、肩と首はまだ鈍く重い感じがあるのだが、肩甲骨周りの痛みはほぼ消失しているではないか!

 おそるべし、鍼治療。

 とりあえず、今晩の稽古は控えめにして明日も受診し、週末までには体調を万全に整えたいところだ。

 アラフィフの武術・武道人たるもの、持つべきものは腕のよいかかりつけの治療院だよなと、しみじみ実感した次第である。

 (おしまい)
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兵法のはやきといふ所、実の道にあらず/(武術・武道)
- 2017/05/21(Sun) -
 40代の半ば頃までは、居合や抜刀において、わりあい速く抜くことにこだわって稽古をしてきた。

 試し物を抜き打ちで斬る稽古などでも、いかに早く斬るのかについて、いろいろと工夫と鍛錬をしたものである。

 しかしここ最近は再び、稽古では穏やかに、そして丁寧に抜くことを心掛けている。

 それは、いまさらながらお恥ずかしい話であるが、武芸において、速い・遅いというのは、あくまでも相対する彼我の拍子の関係性において生じる現象であり、「柄に手をかけてから切先が鯉口を離れるまでコンマ何秒」などといった、表象的なものではないのだなということに、四十路半ばにして改めて思い至ったからである。

 こうした道理は、手裏剣術においても同様だ。

 かつて、私は打剣の速度をスピードガンで計測したり、剣が飛ぶ速度の向上に心掛けた時期もあったが、結局のところ、手裏剣術を武芸=彼我の攻防と定義すれば、速さはあくまでも相対的なものであり、剣が飛ぶ速度が時速80キロだろうが、35キロだろうが、自由な意思を持って我を攻撃しようと動き回る相手に、手裏剣が刺さればそれでよいのである。



 日本武芸におけるもっとも平易かつ深遠な、普遍的戦闘マニュアルである『五輪書』には、次のような一文がある。

「兵法のはやきといふ所、実(まこと)の道にあらず。はやきといふ所は、物毎に拍子の間にあはざるによって、はやきおそきといふ心也。其道上手になりては、はやく見へざる物也」(『五輪書』風之巻)



 こういうことを400年も前に、誰にでも理解できる分かりやすい言葉でさらりと言語化しているところに、宮本武蔵という武芸者の空前絶後な偉大さがあるといえよう。

 

 柳剛流の居合では、1本目の「向一文字」がすべての基本形となるわけだが、ここでもごぼう抜きは禁物である。

 スラスラと、序破急の拍子を十分に意識しての抜刀に心掛けねばならぬ。

 ただしそれは、剣先に蠅が止まるような気の抜けたものになってはならない。

 あくまでも、序破急の拍子と位がそこにあるからこそ、「ゆっくりに見えるが、実は速い」という業になるのだ。

 居合の稽古では、常にこうした理合を念頭に置きたいものだ。

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▲柳剛流居合「右行」


 (了)
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緑泥の茶壺/(数寄)
- 2017/05/20(Sat) -
 数年前から常々、緑泥の茶壺が欲しいと思っていたのだが、なかなか手に入れる機会が無かった。

 そんな折、親しい人から茶器のセットをいただき、それがなんと緑泥の茶壺であった。

 そこでさっそく、茶を淹れる準備にとりかかる。

 まずは、流水にさらしながら、ブラシで茶壺を丁寧に洗う。

 その後、茶壺を鍋に入れて煮る。これは、茶壺の汚れや油分を取り去るためであり、新品の茶器を最初に使う際には欠かせないことだ。

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 30分ほどとろ火で煮たあと荒熱をとり、水気をふき取り、準備は完了。

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 晩酌の後、この茶壺で、とっておきの凍頂烏龍茶を淹れる。

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 抹茶もいいが、中国茶も実にいい。

 静かな初夏の夜、時がゆっくりと過ぎてゆく。



「宋の詩人李仲光は、世に最も悲しむべきことが三つあると嘆じた、すなわち誤れる教育のために立派な青年をそこなうもの、鑑賞の俗悪なために名画の価値を減ずるもの、手ぎわの悪いために立派なお茶を全く浪費するものこれである」(『茶の本』岡倉天心)

 (おしまい)
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