ひと区切り/(身辺雑記)
- 2017/09/21(Thu) -
 昨日、午前中は自宅にて来週出版されるA社のムック本の再校戻しを、午後からは市ヶ谷の制作会社に出向いて来月出版されるB社の温泉本の出張校正を行う。

 これで、今年の夏からの仕事は、すべてひと段落。

 ま、明後日からは、もう秋の仕事が始まるのであるが、とりあえずは今日で、ひと区切りついた感じである。



 帰宅後、クレソンたっぷりの鴨鍋を作り、スーパーで250円の安売りだった戻りガツオの柵を刺身にして軽く晩酌。

 その後、3時間ほどS・キングの『ドリームキャッチャー』を読みながら酔いをさまし、シャワーを浴びてアルコール分をとばしてから、1時間ほど稽古。

 週末の演武で行う、柳剛流の剣術と長刀の形をおさらい。

 礼法も含めて形をゆっくりと行いながら、体と剣の動きの微調整を行う。

 稽古場で行うような激しい飛び違いなどは、深夜の自宅内故できないが、逆に形の動きを正しくゆっくりと行うことで、より精度の高い動きや運刀を心掛ける。

 稽古の〆は、日本柔術(甲陽水月流)の復習。

 それにしても、涼しくなったとはいえ、まだかなり汗をかく。

 あとはひと風呂浴びて、『ドリームキャッチャー』の続きを読みながら眠るとしよう。



 なんとなく、昨日までよりも心が軽い。

 これも2冊の再校戻しが無事に終わり、8月からの仕事がひと区切りしたためであろう。

 我ながら、なんとも分かりやすいことだ(苦笑)。

 (おしまい)
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激務清貧/(身辺雑記)
- 2017/09/20(Wed) -
 昨日は、今週末から始まる、大手通信メーカーの技術者関連のインタビューのための打ち合わせで、久しぶりに夕方から神保町へ。

 あまり時間がなかったので、ざっと高山本店と書泉グランデ、原書房に立ち寄る。

 高山本店では戦前の逮捕術の教本、書泉では朱子の『周易本義』を買おうかどうしようか迷ったのであるが、何しろ金が無いのでガマンする。

 贅沢は敵だ! 本は図書館で借りるべし!

 とはいえ戦前の逮捕術の本とかは、さいたま市中央図書館にはないんだけどな。



 帰宅後、夕食を自炊してすました後、ようやく責了が目の前になった例の「貧乏くじ仕事」の残務整理。しかし、また最後の最後になって付帯業務を押し付けてくるので、本当に心の底からげんなりする。

 その後24時から、週末に参加する松代での演武に向けての稽古を1時間ほど。

 月曜は夕方から県立武道館で稽古をしたのだが、本日はもう深夜なので拙宅にて、剣術と長刀のおさらい。加えて、柔術の自習も少々。

 そして今日は午後から市ヶ谷の制作会社で出張校正。明日は、終日、看護師向けの解剖学についての原稿執筆。明後日は朝から夕方まで、終日、技術者へのインタビュー取材。

 そして土曜は始発の新幹線で松代に向かい、午後から柳剛流の演武。日曜の午前は松代藩文武学校で水月塾の稽古。日曜の午後は、できればそのまま休みたいのだが、場合によってはトンボ帰りして原稿書きか・・・・・・。

 週が明けて月曜は、朝から夜まで都内で技術者関連のインタビュー。火曜はインタビューに加えて、座談会の座長もやらねばならぬ。

 しかもこれらの取材のうち、5人分のインタビュー5000文字分を1週間以内に、座談会3000文字の原稿をその4日後までに仕上げろというオファーだ。

 そろそろ、こういう体力勝負、薄利多売の過酷な生活は卒業したいのであるが、なにしろこんなご時世の中、生きていくためには稼がねばならぬ。


 ま、とりあえず、もう深夜2時を過ぎた。明日の仕事まで、5時間ほど眠るとしよう。


 ~人生は過酷だ。生きていくためには金がいる~サム・ペキンパー


 (おしまい)
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門は、叩けば必ず開かれる/(柳剛流)
- 2017/09/19(Tue) -
 新案件の作業のために、パソコンのディスプレイを新品に交換。

 画面サイズの大きさに、いささか戸惑う・・・・・・。

 それまでは、2003年に購入したソーテック(!)のディスプレイを、延々、14年間使い続けてきたのだが、新案件の作業に必須なウェブ上の共有サイトが、うちのディスプレイの画面のサイズでは小さくて、セルの右側が見られないのだ。

 この14年物のディプレイは、それ以外に不具合などはなく、まだまだぜんぜん現役で使えるものなので、交換するのは後ろ髪が引かれる思いなのであるが、仕事ができないのではどうしようもない。

 それにしても、まだ使えるものを破棄するというのは、昭和時代に生まれ育った者としては、たいへん心が痛む。

 おかげで拙宅では、ケーブル回線なこともあり、いまだにブラウン管テレビが現役で大活躍してたりするわけだが、それはモノを大切にする旧世紀の人間としては、なかなかにあらまほしきことではないかと思っている。



 家電製品の代替わりのサイクルだけではなく、とにかく何事もスピーディで、移り変わりの早い世の中に、個人的にはたいへん辟易している。

 私は商業出版業界では、手書き入稿での編集作業をしていた最後の世代であるけれど、DTPが存在しなかった牧歌的時代の雑誌や本作りというのは、今や遠い昔の記憶だ。

 写植屋さんに指定を入れた原稿をもっていって写植を作ってもらい、それをカッターナイフで切り張りして、ロットリングで線を引いた台紙にスプレー糊で張り付けて版下を作り、それを印刷屋さんにもっていき、印刷用フィルムを作ってもらうという時代。

 スマホもパソコンも、PDFもメールも、インターネットも何もない時代だが、雑誌や本はちゃんと発行されていたし、取材や原稿執筆もできていたし、世界中の人々はそれなりに日々を生きて幸せであった・・・・・・。



 武術・武道の世界を見ても、昭和時代の情報源と言えば、『月刊空手道』か『月刊 武道』くらいしかなく、ベースボールマガジン社の『空手と武術』はその後、『近代空手』と『中国武術』となったが、結局短命であったように思う。

 『秘伝』の創刊は平成元(1990)年で、月刊化されたのは平成9(1997)年。そのほかには、書店に並ぶ黄色い背表紙の愛降堂の武道本シリーズくらいであった。

 遠方の有名な先生に入門を乞うには、まずは手紙を出した上で(できればそれなりの立場の方の添え状も合わせて)、次いで電話でお話しをさせていただき、その後に面談、入門といった具合であった。

 ちなみに私は高校生の頃、天然理心流の加藤伊助先生に入門を乞うたことがあるが、「剣道参段をとってからでないと教えない」と断られてしまった。

 あるいは、天神真楊流の久保田敏弘先生には、当時の古武道協会の会長であった小笠原流の小笠原清信先生を通してご教授をお願いし、ゆるされたことも懐かしい思い出である。

 それが今や、入門願いはメールでいきなり来る時代だ。

 もっとも当庵の場合、私にコンタクトをとる方法はメールかHPの掲示板しかないので、それは特に問題ではない。

 しかしメールの文面を読むと、起筆や時候の挨拶が無いどころか、文体がため口であったり、発信者の名前すら書いていないものなどもあり、暗澹たる気分になることも少なくない。

 なにはともあれ、宛名と署名は書こうね、と思うのは私だけではあるまい。

 つうか友達じゃあないんだから、メールでもちゃんと普通の手紙文の体裁で文章を書けよと思うのは、私だけなのだろうか・・・?



 こうした時代の流れの中、古流武術の普及のためには、もっと敷居を低くするべきだといった意見もあるようだけれど、私は個人的にはあまりそのように思わない。

 なぜなら、どうしてもその武芸を学びたいという想いがあるのであれば、敷居が高かろうが低かろうが、その人は流儀の門を何としても叩くであろうし、入門後は一生懸命稽古に励むであろうし、武技はもちろん流儀に伝わる掟や礼法もしっかりと学ぶであろうし、流儀に関する事跡の調査や研究にも取り組むであろう。

 逆に言えば、そういった情熱を持った人が門を叩かなくなり、結果としてその流儀を継承する人がいなくなり、伝系が途絶えてしまうのは、たいへん残念だがやむを得ないことなのであろう。

 自分自身のこととして考えれば、柳剛流という素晴らしい武芸が、師や私たち門弟の世代で途絶えてしまうことはなんとしても避けたいし、そのためにあらゆる努力をしていく所存だ。

 しかし、そのために流儀の掟を破ったり、形をゆがめたり、伝統を軽んじたり、なにより品位を汚すようなことはしたくない。

 たとえば、武術の本質を忘れたパフォーマンスで門弟を集めようとすることを、流祖・岡田惣右衛門は望んでいるだろうか?

 流儀の技を切り売りすることを、仙台藩角田伝の祖・一條左馬輔は求めているだろうか?

 流儀の存続という目的のために、流祖以来、9代にわたって受け継がれてきた「術」や「形」が、見世物や大道芸のごとく変形してしまうのであれば、それは本末転倒であろう。

 あくまでも、流祖以来伝えられてきた伝統的な日本の武芸として、柳剛流が50年後も100年後も継承されているように、私たちは全力を尽くしていきたいと思う。

 このような志を同じくする、未来の柳剛流剣士の登場に期待したい。

 私達はあくまで、少数精鋭で行こう。

 そして流儀の門は、叩けば必ず開かれる。


   師と弟子の心に隔てあるならば
             幾く世経るとも道に入るまじ(柳剛流 武道歌)



1709_柳剛流長刀
▲松代藩文武学校での柳剛流長刀の演武(打太刀:小佐野淳師 仕太刀:瀬沼健司)


 (了)
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平成活字業界絶望哀歌/(身辺雑記)
- 2017/09/18(Mon) -
 先日、webの仕事で、1文字換算1.5円(!)という原稿料の依頼が来た。

 さすがにこの道24年のフリーライターとしては、費用対効果を勘案すると受注しかねる値段なので、丁重にお断りした次第。

 それにしても、この仕事の大本のクライアントは、超有名な一流大企業なのだが、それが1文字1.5円ってなあ・・・。

 ちなみに、先週入稿した、業界向けのマイナーな医療雑誌のインタビュー記事の原稿料は、1文字換算で10円。今回お断りした案件の6.6倍の原稿料である。

 しかし10年前は、1文字10円でも安くて断ることがあったんだがねえ・・・・・・。



 私が出版業界で仕事を始めた1993年ころ、中堅どころの出版社からちょっとしたムック本を1冊だそうという場合、制作予算はだいたい600~700万円であった。

 ところがそれが2008年頃になると、同じような体裁のムック本1冊の制作予算が、100万円ほどにまで圧縮されるようになった。

 14~15年で、出版物の予算が6分の1とか7分の1にまで圧縮されたのである。

 それどころか同じころ、1冊30万の制作予算という案件まで現れ、絶望的な気分になったことも、今は昔である。

 そういえばこの前、ツイッターでとあるライターの女性が、業界の原稿料についてのエピソードと、自分のポリシーみたいなのを語っていたが、この人、フリーで年収700万円は最低ラインとして確保するべしとかいってんだけどさ・・・。

 あんた、レアケースの勝組だから。

 今の日本で、ライティングを専業にして飯を食っている個人の無署名ライターで、年収(年商ではない!)700万て、そりゃあ相当なレアケースなので、それを元に話を一般化するのはやめてもらいたいとしみじみ思う。

 あたしなんざ年商で・・・・(以下、自粛。お察しください)



 某日、都内某所での業界二痴人の会話。

「国民年金って、現状で満額だと、月にもらえるのいくらよ?」
「満額で年間66万9300円(オールアバウト談)だとよ」
「一か月に5万5000円かね」
「そう。しかもオレなんか、年金払えなかった期間があるから、月2万ぐらいしかもらえないぜ」
「そりゃあ、死ぬな」
「死ぬね、たぶん」
「で、あんた、今、貯金いくらあんの?」
「ゼロ、まじで0円」
「俺は50万くらいかな・・・・・・」
「おっ、ブルジョワ」
「断言できるのはさ、俺たち二人とも年末ジャンボが当たらない限り、確実に20年後は生活保護と孤独死のコンボっつうことだ」
「だな」
「孤独死はもう覚悟できてるからいんだ。ただ、死ぬのは真冬がいいね。発見されるまで時間がかかるだろうから」
「腐って虫がわくと、後片付けする人がたいへんだからなあ」
「ま、死んじゃうんだから、本人としてはどっちでもいいんじゃね」
「いや、そういう投げやりな姿勢はいかん。とりあえず県民共済とか入ってれば、自分の死体のお片付け代くらいは出るだろ」
「貯金ゼロのまま65を過ぎて、生活保護もらっていながら、毎月共済の掛け金を払えればな」
「む~ん、収入ゼロで、毎月の共済の掛け金2000円は、相当厳しいな」
「だな」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あっ、すいませーん、おねえさん、ホッピーの中、お代わり!」
「それから、カシラ2本と煮込みもくださーい!!」



 この20年間、世界の中で日本だけが勝手に没落して貧困化し、格差が際限なく拡大しているという事実をしみじみ感じるね、ほんとマジで。

 (おしまい)
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武道の現実/(武術・武道)
- 2017/09/15(Fri) -
 過日、某所の剣道場で柳剛流の稽古をしていると、隣接する柔道場で近隣の中学校柔道部の生徒たちが稽古を始めた。

 見るともなく彼ら中学生たちの稽古を見ていたのだが、おそらくその柔道部の顧問であろう大人の指導者の態度に、暗澹たる気分になった。

 まずこの指導者、ジャージ姿で子どもたちに柔道を指導している。

 百歩譲って、その恰好でアドバイスや助言などをするのならまだいい。

 ところがこの指導者はジャージ姿のまま、柔道着を着た生徒たちと組合い、技を掛け、投げたり抑え込んだりといった実技指導をしているのである。

 またこの人物、非常に口調が汚らしい。

 「おい!」、「お前!」、「はぁ~?」、といった言葉を連呼している。

 ちなみに生徒たちは、「お願いします」、「受け身をはじめます」、「打ち込みをはじめます」など、常に敬語で互いに声を掛け合っている。

 さらに、この男は態度も悪い。

 稽古中は常に正座をしていろとは言わないが、胡坐で座るにしても、上体の姿勢は常に低く前かがみで、下からねめつけるように、苦虫をかみつぶしたような顔で生徒たちの稽古を眺めながら、「おい!」「何やってんだぁ!」などと、怒号を放っているのである。

 ようするに、この指導者は傍から見ていて、実に無礼で感じが悪い。

 そして私は、こういう無礼で感じの悪い奴が大嫌いだ。

 ま、無礼で感じの悪い奴が大好きだと言う人も、あまりいないだろう。


 
 文部科学省は、中学校における武道の必修化において、

 「武道に積極的に取り組むことを通して、武道の伝統的な考え方を理解し、相手を尊重して練習や試合ができるようにすることを重視する運動です」

 と説明している。(http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/jyujitsu/1330882.htm
 
 ジャージに半ズボン姿で、場に一礼をするでもなくだるそうに畳に上がり、生徒を「おい!」「お前!」呼ばわりしながら投げ飛ばしたり、抑え込みながら「指導」をするのが、武道のあるいは日本伝講道館柔道の「伝統的な考え方」なのだろうか?

 それともこれは、武道でも柔道でもなく、「ジュードウ」や「Judo」だから良いのだろうか?

 これが、「相手を尊重して練習や試合ができるようにすることを重視する運動」なのだろうか?

 だとすれば、まことに残念である。



 翻って自省する。

 翠月庵は、このような無礼で感じの悪い「場」になっていないか?

 柳剛流は、凛とした品位を保ちつつ、さりながら本質である武技としての「実践性」を失っていないか?

 手裏剣術は、香具師の大道芸や的打ちゲームのような「見世物・遊戯」に堕していないか?

 もって、他山の石としなければならない。

1709_柳剛流長刀
▲柳剛流長刀の奉納演武(打太刀:小佐野淳師 仕太刀:瀬沼健司)

 (了)
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柳のごとく剛(つよ)くあれ/(柳剛流)
- 2017/09/09(Sat) -
 誰しも、この浮世に生きておれば、理不尽なことに遭遇することも少なくない。

 それでも人として、柳のごとく剛(つよ)くありたい。



 「柳剛流」に関して、

 「流名の由来は、岸辺の柳が強い風で川面を打っているのを見たことから名付けられたとされる」

 という話しは俗説であり、

 現存する各地の柳剛流に関する頌徳碑や奉納額、あるいは柳剛流各派の伝書にも、そのような「逸話」は記されていない。

 というのは以前、本ブログで指摘した通りである。

 とはいえ、「柳の枝に雪折れはなし」という、日本武芸に託されたしなやかな強さを、流祖が自らの流儀名に込めたことは間違いないであろう。

1601_田丸伝形演武


 「柳剛」

 という言葉に託された流祖や先人たちの想いを、柳剛流を学ぶ者として己が人生に活かすことも、21世紀の現在、流儀を受け継ぐ我々の、大いなる使命のひとつなのではなかろうか。

 (了)
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貧乏くじ/(身辺雑記)
- 2017/09/08(Fri) -
170907_110235.jpg

 ヘルプで関わった新規案件の仕事で、とんだ貧乏くじを引いたようだ。

 ・・・泣けるぜ。

 (おしまい)
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読書撃剣/(手裏剣術)
- 2017/09/07(Thu) -
 多忙である。

 月曜は17時間労働、火曜は16時間労働、今日水曜は13時間労働である。

 それでも日当で割ると、2万にすらならぬ。

 働き方改革万歳!

 立て、プレカリアートの同志たち!

 そして有象無象の資本家たちに死を!!

 ・・・とまでは思ってはいない(爆)。

 命はみんな、大切だ。



 ま、なにはともあれ、稽古はしなければならぬ。

 しかし、さすがにこれだけの長時間労働の毎日となると、仕事を終えてから稽古着に着替え、木太刀をとって柳剛流の稽古をする気力が出ない。

 仕事が終われば、もう深夜なのだ。

 そこで、手裏剣術の稽古である。

 拙宅では座打で2間しかとれないのだが、一打必倒の気勢で翠月剣を打つ。

 往時、手裏剣術の稽古は、別名「読書撃剣」とも呼ばれたとか。

 書見の合間に、剣を打って稽古をしたことから、このように言われたという。

 多忙ゆえの心身の疲労と、理不尽な生業への怒りを込めて、板金を打つ心にて、我が翠月剣を打つ。

 それにしても久々の打剣とはいえ、たかが二間座打で、かろうじて七寸的の集剣では、我ながらお寒い次第。

 草場の陰で、Hも苦笑いしておろう。

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 柳剛流の稽古が中心となる今日この頃であるが、翠月庵のもう1つの看板は手裏剣術ゆえ、再び気を入れて稽古をしなければならぬと実感した次第。

 生死一重の至近の間合からの、渾身の一打への道は遠い。

 (了)
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9月の水月塾本部稽古~柳剛流、伝書講義/(武術・武道)
- 2017/09/04(Mon) -
 昨日は午後から水月塾本部にて稽古。

 師に打太刀を執っていただき、柳剛流剣術、そして長刀の形をじっくりと稽古する。

 剣術の「中合剣」、長刀の「切上」について、特に入念にご指導をいただく。

 本部稽古でのお楽しみである伝書講義では、塚原卜傳流の殺活伝書のご解説をしていただいた。

 特徴的な名称や部位、さらには絵柄などもたいへんに興味深いものであり、写真を撮影させていただいたので、今後もじっくり読み込んでいこうと思う。
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▲塚原卜傳流の殺活伝書。「山形」「竪中」など、独特の名称が特徴的。殺活の部位を正中線沿いの重要な所に集約している点は、たとえば柳剛流岡安派に伝えられた「五ヶ所大当」にもみられる



 稽古後半は柳剛流居合。

 二尺七寸超の、師の差料をお借りして、「向一文字」から「切上」まで、五本の形に専念する。

 稽古後は、いつも通り師に同道させていただき、極上の馬モツと原酒を満喫。

 これまたいつものごとく、千鳥足で武州へ向かう列車に乗り込んだ。

 (了)
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残心と止心/(武術・武道)
- 2017/09/01(Fri) -
 初心者への指導というのは、たいへんだなあと思う。

 翠月庵で柳剛流と手裏剣術を稽古している者は、全員が(といってもわずか5人だけれども・・・)何がしかの武術・武道の師範か有段者なので、稽古以前の武術・武道の所作だとか、常識的な武具の扱い方などについては教える必要がない。

 これは、たいへんらくちんなことである。

 当庵では、入門を経験者に限定しているわけではなく、全くの初心者や武術・武道の未経験者でも、その人が望めば誰でも入門できるのだが、そうった場合、稽古着の付け方から正座の仕方、武具の取り扱いや基本的な礼法から教えなければならないとなると、「結構たいへんだよな・・・」と思う。

 ま、もちろん初心者には、袴の付け方から丁寧に教えますので、ご心配なく。



 過日、本部で外国人の初心者と柔術の稽古をしていた際、残心をまったく意識していないようだったので、度々注意した。

 もっとも、私は英語が喋れないので残心の意味を彼に説明することができず難渋したのであるが、見かねた師がその場で彼に説明をしてくださり、彼もようやく理解できたようである。

 とはいえ、日本語を解する日本人としても、「残心」というのは、奥深い難しいテーマである。

 武術・武道における残心は、一義的には、業が極まった後も対敵意識を途切れさせず、いつ反撃されても対応できる心身の状態を維持することであり、流儀や会派を問わず、対敵技法たる武技を学ぶ上の基本中の基本といえる心法だ。

 武術・武道を嗜む者であれば、初心者でも有段者でも、あるいは名人達人に至るまで、「残心」という心法は不変不朽のものである。

 ところが先日、とある武術関係者がネット上で、「残心など不要」と発言しているのを見て、たいへんに驚いた。

 反撃どころか逃走もしない、意思も覚悟もない試し物を切ってばかりいると、こういう誤った考え方になってしまうのであろうか?

 もっともこれは、手裏剣術者も十分注意しなければいけないところで、試斬と同じように、動かず反撃も逃走もしない不動の的ばかりを相手に稽古していると、このような「対敵」という武芸の大原則を忘れた誤った考えに陥ってしまうことがあるので注意が必要だ。

 武芸を志す手裏剣術者は、常に「的は敵なり」(鳥取藩一貫流弓術)という教えを心に置いて、単なる的打ちに堕することなく、残心はもとより、拍子や間積り、位といった武芸の対敵概念をしっかりと学び、鍛えていく必要があるだろう。



 一方で「残心」というものは、稽古においては形骸化した所作や単純なルーティーンに陥りがちなものでもある。

 本来、「残心」とは術者にとっての内的な心法であり、それが動作に表れるか、表れないかは、あまり意味のないことだ。

 ここを勘違いすると、動作や所作そのものへの居着きや心の執着、いわゆる「止心」という状態となってしまう。

 この点について、たとえば武芸の古典である『天狗芸術論』の指摘する「残心」についての考え方は、中級以上の武術・武道人であれば、必ず一度は検討してみるべき含蓄のあるものだ。


一、問う。
諸流に残心といふ事あり。不審(いぶかし)、何を残心といふ。
曰く。
事(わざ)にひかるることなく、心体不動の所をいふのみ。心体不動なるときは応用あきらかなり。日用人事もまた然り。打ちあげて奈落の底まで打込むといふとも、我はもとの我なり。故に前後左右無碍自在なり。
心を容れて残すにはあらず。心を残すときは二念なり。又心体明らかならずして心を容れずといふばかりならば、盲打盲突といふものなり。明は心体不動の所より生ず。只明らかにうち、あきらかに突くのみ。是等の所かたりがたし。あしく心得れば大いに害あり。(『天狗芸術論』佚斎樗山)




 なお余談だが、この『天狗芸術論』は、最近では講談社学術文庫から分かりやすい訳注もついた形で発行されており、だれでも簡単に読めるようになったのは、たいへん喜ばしいことである。

 しかし、まことに残念なことに、某思想家氏が執筆している巻末の「解説」が、なんとも上から目線で面白くないのである(苦笑)。

 この人の解説さえなければ、本文庫は武芸の古典に気軽に触れられる、非常に質の高いオススメの1冊なのだが・・・・・・。

 閑話休題。



 武芸における「残心」というものは、あくまでも形而上の心法であり、それが形而下に表出していようがいまいが、そいうことは些末なことだ。

 しかし、「残心」という武芸の心法そのものを否定するのであれば、それは、自由な意志と必死の覚悟を持って我に迫る相手を制するという「武」の根本を忘れた、たんなる見世物や素人のチャンバラごっこと大差ないものであろう。

170901_柳剛流目録

 (了)
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